主張

パラ大会の観客 小中高生に「遺産」託そう

24日に開幕する東京パラリンピックでは、子供たち(小中高校生)に感動と興奮の目撃者、体感者、そして伝承者になってほしい。

新型コロナウイルスの感染拡大は、収まりそうにはない。政府と大会組織委はパラリンピックの観客について最終判断を迫られているが、一般客の受け入れは困難な見通しだ。

五輪と同様に「原則無観客は致し方ない」と判断する場合でも、小中高校生に割り当てる「学校連携観戦プログラム」に関しては、実施を決断すべきである。

五輪では、茨城県がカシマスタジアムで行われたサッカーの昼間の試合に限り、学校連携チケットによる児童、生徒の観戦を実現させた。

「あまり興味がない私でも引き込まれた。国の代表がやっているって、こういうことなんだ」。ニュージーランド対韓国戦を観(み)た小6女子児童の感想である。

茨城県で五輪観戦による児童や生徒の新型コロナ感染をめぐる問題は起きていない。ウイルス対策が徹底され、一般客との接触機会のない広い観客席は、十分に安全な場所である。

一般客を入れた宮城、静岡両県の五輪会場でも、新型コロナに関する問題は起きなかった。

東京都をはじめ多くの自治体が「無観客」の原則にとらわれ、五輪での学校連携の実施を断念したのは残念だった。日本の将来を担う児童、生徒が十分に安全な場所で、一生に一度かもしれない有意義な体験をする機会を、奪ってしまったのである。

やればできる、少なくともできる可能性があることを、やろうともしない姿勢は、五輪・パラリンピックの開催地として恥ずべきであろう。

観客を入れて行われた五輪の自転車女子オムニアムで銀メダルを獲得した梶原悠未選手は「声援が聞こえて、苦しいときに背中を押してくれた」と語った。

世界から集まるパラリンピアンの背中を押す役割を、少年少女たちに委ねよう。

五輪には、人の可能性を大きく広げ、「競争」と「共生」を融合させる力がある。それと同じ、もしくはそれ以上の力が、パラリンピックにはある。日本の未来を担う世代が、その力を生で感じることは、かけがえのないレガシー(遺産)になるはずだ。