東京五輪なのに、競歩とマラソンは札幌で-。一昨年11月に大きな話題を呼んだ会場変更が、実践されるときが来た。8月3日朝、取材で降り立った北海道の新千歳空港。少し歩いただけで額に汗がにじんだ。
「なんだ、この暑さは」
札幌市内のホテルに入ってテレビをつけると、地元放送局が連日続く北海道の猛暑をリポートしていた。猛暑と、コロナ禍。東京と変わらない光景が広がっていた。
拍手で選手鼓舞
札幌での開催が決まった背景には、大会期間中の札幌の気温が東京より5~6度低いとされた想定がある。だが、今年は異例の暑さ。6日には最高気温35度を記録するなど、札幌は18日連続の真夏日となり、97年ぶりに最長記録を更新した。市内で買い物をしていた70代の女性は「こんなに毎日暑いのは記憶にない。選手たちが心配」と話し、汗をぬぐった。
さらに、重なったコロナ禍。札幌市は蔓延(まんえん)防止等重点措置の適用対象となった。大会組織委員会や地元首長などは、コロナの感染拡大を防ぐため、沿道での観戦自粛を繰り返し訴えてきた。だが、人は集まった。「密になっています。立ち止まらないでください」。警備員が拡声器を使って訴えかけるが、動こうとする人はいない。
ただ、沿道から大きな声援が聞こえたのは、大迫傑(すぐる)選手が出場した8日の男子マラソンのときだけだった。ほとんどの人は声を出すのを控え、拍手だけで選手たちを鼓舞していた。
男子マラソンでの沿道を取材中、先頭集団の選手たちが駆け抜けた。ほんの一瞬。それでも、世界の頂点を争うアスリートたちの息づかいに鳥肌が立った。解説付きでさまざまな選手を観戦できるテレビ中継の方が、競技は楽しめるはず。そう思っていたが、生で五輪を見る価値にも気づかされた。
会場変更によって、東京は街中でアスリートを見られる貴重な機会を失ったことは間違いない。
一筋の光、パラでも
大通公園付近の沿道では、人だかりから少し離れた場所で、男性(41)が娘(5)を肩車して観戦していた。疾走する選手たちを見ながら「100人ぐらい走っているみたいだよ」と男性が語り掛けると、娘は「みんなしんどそう。でも速いね」と目を輝かせた。男性は「競技を見ることで、少しでも娘の心に選手たちの努力が伝わればうれしい」と笑顔を見せた。
連日の猛暑とコロナの感染拡大。東京も札幌も同じような状況に置かれていた。もちろん、全ての競技が無観客開催と決まった以上、ステイホームでの観戦が「正解」なのだろう。それでも思う。東京五輪で躍動する選手たちを、東京の人たちが生で見ることがかなわなかったのは、残念なことだと。
しかし、無観客でも、日本勢のメダルラッシュや互いを尊重し合う姿は人々の心を動かし、社会に一筋の光が差し込んだ。24日に開幕するパラリンピックも、少しでも多くの人が「開催してよかった」と感じられる大会になってほしい。
(松崎翼)