勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(288)

ヒデさん放出 甲子園で巨人と戦いたかった

トレード会見で岡田社長と握手する加藤(右は上田監督)=昭和57年12月
トレード会見で岡田社長と握手する加藤(右は上田監督)=昭和57年12月

■勇者の物語(287)

「一塁」を守れる助っ人、ブーマーの獲得は大きな波紋を呼んだ。12月18日、某スポーツ紙に『阪急、加藤放出』のスクープが載ったのである。

記事を受けて同日夜、報道陣に囲まれた上田監督は「加藤については2、3球団から『欲しい』と申し入れがあった。加藤はまだまだ3割を打てる力を持っている。ただ、ウチは一塁を守れる新外国人が入団したし、このままの状況では加藤の力を壊すことになる。それに加藤自身もウチにいれば甘えも出るし、本人のためになる話なら新天地でやらせてやりたい。加藤に見合う見返りがあったらトレードに応じる」と語った。

一見、加藤の将来を思い、加藤のために―を強調した発言だが、要はこの57年シーズン、打率・235、21本塁打、84打点と低迷した34歳、加藤英司への「戦力外通告」。加藤自身も〝この時〟が来ることを「予想していた」という。

「ウエさんが監督に復帰したとき〝なにしに帰ってくるんですか?〟と言うたことで、ボクと監督との間に大きな〝溝〟ができた。ずっとギクシャクしていたし、57年はあんまり話もせんかった。成績も悪かったし、スタメンから外されることも何度かあったしね」

加藤獲得に手を挙げたのは広島、ヤクルト、巨人の3球団。だが、話は簡単には進まなかった。

【巨人】新外国人のR・スミス外野手を獲得。中畑が一塁を守ることになり話は白紙に。

【ヤクルト】交換要員に黒坂幸夫投手(26)と渡辺進内野手(30)の名前を挙げるも、上田監督が「ウチの戦力補強にならない」と突っぱねる。

【広島】阪急が見返りにこの年、7勝を挙げた山根和夫投手(27)を要求。広島は「投手は出せない」とし、水谷実雄内野手(35)の名を挙げたが、上田監督が「つり合わない」と拒否。逆に昭和55年のドラフト1位、2年目の川口和久投手(23)を要求。これには広島もあきれて破談。

だが、いまさら残すこともできない。12月24日、上田監督が古葉監督へ「水谷でOK」と電話連絡し決着がついた。

「ホンマはね、タイガースへ行きたかったんよ。超満員の甲子園球場で巨人と戦いたかった」。これがヒデさんの本音だった。(敬称略)

■勇者の物語(289)