勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(287)

新助っ人 バースの代わりにブーマー

試合前の阪神・ランディ・バース内野手(左)と阪急・ブーマー・ウェルズ内野手
試合前の阪神・ランディ・バース内野手(左)と阪急・ブーマー・ウェルズ内野手

■勇者の物語(286)

昭和57年12月、ハワイで行われたウインターミーティングで、プロ野球界の歴史を塗り替える同い年の〝助っ人〟2人の入団が決まった。阪神のランディ・バス内野手(28)と阪急のグレーグ・ウエルズ内野手(28)である。

ホノルルのホテルで代理人から「OK」の返事をもらった阪神の安藤監督はホッと安堵(あんど)の表情を見せた。

「獲得できてよかった。長打力が魅力。大リーグの関係者からは『彼なら50本は打てる』と聞いている」

実は阪急もバスを狙っていた。矢形取締役がハワイ入りし阪神との獲得合戦。だが、矢形は一方でウエルズの獲得も進めていた。

ウエルズはツインズの3Aトレドに所属。身長200センチ、体重90キロ。トレドでは打率・336、28本塁打、106打点をマーク。「三振の少ない選手」と定評があった。結局、矢形はバスの争奪戦から手を引き、ウエルズと年俸12万ドル(約3000万円)で契約を結んだ。

バスの契約金はトレードマネーと年俸を合わせ25万ドル(約6000万円)。当時の新聞には、阪急が阪神とのマネー競争になるのを避けた―と報じられた。後年、矢形取締役はこう回想した。

「あの時、バースにお金を掛けられなかったのは事実。ウチはその前に大物助っ人を獲得していたからね」

その大物助っ人とは、メジャーでも〝俊足〟で知られていたカブスのバンプ・ウイルス内野手(30)。阪急は何年も前から獲得に動き、このハワイでようやく年俸40万ドル(約9800万円)で4年契約を結んでいた。

「だからといってお金をケチったわけじゃない。ブーマーが上田監督の構想に合った選手だったからだ」

上田構想ではマルカーノに代えてバンプを2番に起用。福本―バンプの「1、2番コンビ」で売る。3番には成長著しい簑田。4番にはホームランを打つだけなら57年シーズン、31ホーマーを放ったケージでもよかった。だが、ウエルズは一塁を守れ、安定した打率を残せる―これが最大の理由だった。

ウエルズは〝ブームを呼ぶ男〟「ブーマー」として登録。バスは「打てないとき阪神バス急停車」と見出しにされたら困るから―という理由で「バース」になった。(敬称略)

■勇者の物語(288)