埼玉から全国区へ 芸人ユニット「大宮セブン」の7年(1/2ページ) - 産経ニュース

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埼玉から全国区へ 芸人ユニット「大宮セブン」の7年

公演に臨む「大宮セブン」のメンバーたち=7月3日、さいたま市大宮区の市民会館おおみや(兼松康撮影)
公演に臨む「大宮セブン」のメンバーたち=7月3日、さいたま市大宮区の市民会館おおみや(兼松康撮影)

大宮ラクーンよしもと劇場(さいたま市大宮区)を拠点とするお笑い芸人のユニット「大宮セブン」が今秋、結成から7年を迎える。不遇の時期を経て全国区の知名度を手にしつつある彼らは、どのような試行錯誤を重ね、今後の展望をいかに描いているのか。メンバーや関係者に聞いた。

6人だった観客が1000人に

この盛況ぶりを誰が7年前に予見できたろうか。大宮セブンが今年7月3日にさいたま市で開催した公演の会場は、1千人を超える客で埋め尽くされていた。

大宮セブンは劇場オープンから約3カ月後の平成26年10月に誕生した。最初はその名の通り7組のユニットだったが、入れ替わりを経て、現在は「マヂカルラブリー」「GAG」「タモンズ」「すゑひろがりず」「囲碁将棋」「ジェラードン」の6組からなる。結成当初から加わっているのはマヂカルラブリー、GAG、タモンズの3組だ。

「ライブのお客さんが6人だったこともあった」

大宮セブンの揺籃(ようらん)期を苦笑交じりに振り返るのはタモンズの安部浩章(39)。GAGの福井俊太郎(40)は「都落ち感がすごかった。『大宮』としてくくられ、吉本興業から捨てられたような感覚もあった」と打ち明ける。

出番が終わった後、劇場の広告入りのポケットティッシュを周辺の繁華街で配ったこともあった。

もちろん、ティッシュ配りで劇的に客が増えるとは思っていなかったが「わらにもすがる思いでやっていた」とマヂカルラブリーの野田クリスタル(34)。劇場支配人の覚野公一は「私が支配人になった3年前でさえ、観客20~30人ということはざらだった」と語る。

浮揚のきっかけをつかむための模索の日々は続いた。ライブを見に来た客が好きな芸人の近くで写真を撮影できるサービスもその一つだ。

「客を増やすためのサービスではなく、活躍していないのに来てくれたことへの感謝の気持ちだった」

野田はこう述懐する。

そんな中、写真を撮りたいという客が現れない芸人が2組あった。タモンズ、すゑひろがりずである。

すゑひろがりずは、大宮セブンの人気上昇の契機を作った「功労者」といえる存在だが、まだ大器の片鱗(へんりん)を見せてはいなかった。

1000人を超える客で埋め尽くされた「大宮セブン」の公演の会場=7月3日、さいたま市大宮区の市民会館おおみや(兼松康撮影)
1000人を超える客で埋め尽くされた「大宮セブン」の公演の会場=7月3日、さいたま市大宮区の市民会館おおみや(兼松康撮影)
M―1で注目

長く低空飛行が続いた大宮セブンにとって、潮目が変わり始めたのは平成から令和へと時代が移ってからだった。

すゑひろがりずが令和元年のM―1グランプリで決勝へと進出し、2年のM―1ではマヂカルラブリーが優勝を果たす。大宮ラクーンよしもと劇場には多くの客が集まるようになり、この2組以外の注目度も次第に高まっていった。