【主張】東京五輪閉幕 全ての選手が真の勝者だ 聖火守れたことを誇りたい

東京五輪開会式で最終聖火ランナーをつとめた大坂なおみ選手=23日、国立競技場(桐山弘太撮影)
東京五輪開会式で最終聖火ランナーをつとめた大坂なおみ選手=23日、国立競技場(桐山弘太撮影)

これほど心を動かされる夏を、誰が想像できただろう。日本勢の活躍が世の中に希望の火をともしていく光景を、どれだけの人が予見できただろう。

確かなことは、東京五輪を開催したからこそ、感動や興奮を分かち合えたという事実だ。

新型コロナウイルス禍により無観客を強いられたが、日本は最後まで聖火を守り抜き、大きな足跡を歴史に刻んだ。その事実を、いまは誇りとしたい。

57年ぶり2度目の東京五輪が幕を閉じた。

日本勢の金メダルは世界3位の27個で、1964(昭和39)年東京五輪と2004年アテネ五輪の16個を超えた。銀14個、銅17個を合わせた計58個も史上最多だ。

日本勢躍進に拍手送る

バドミントンや競泳が期待されたほど振るわず、コロナ禍による大会の1年延期が多くの選手に影響したことは否めない。

代表選手の置かれた厳しい環境について、陸上男子400メートル障害で長く活躍した為末大氏は「マラソンでいえば、30キロまで来ながらスタート地点に戻されるようなもの」と語ったことがある。

開催の可否をめぐり世論が割れた中で、精神面でも不安定な立場に置かれたはずだ。それでも開催を信じ、鍛錬を続けた選手たちの道のりには、メダルの色や有無を超えた価値がある。

世界も強かった。競泳では、海外勢による6個の世界記録と20個の五輪記録が生まれた。陸上男子100メートル準決勝では、中国の蘇炳添(そ・へいてん)が9秒83のアジア新記録を出し、決勝の舞台に進んだ。9秒台のスプリンターが4人いる日本にも、進化の余白があることを示している。

今大会から採用された、若者に人気の「都市型スポーツ」は新しい景色を見せてくれた。

スケートボード女子パークの決勝が忘れ難い。金メダル最有力といわれた岡本碧優(みすぐ)が逆転を懸けた大技に失敗して競技を終えた直後、ライバルたちが駆け寄り、抱擁の輪と肩車で敗者をたたえた。その多くは10代の若者だった。

彼女たちが表現したものは、他者の痛みへの共感、挑戦する勇気への賛美、心の深い部分で結ばれた戦友との連帯だろう。コロナ禍の1年半で、他者を疑いの目で見ることに慣れた大人たちへの警鐘が、そこからは読み取れる。

無観客が、日本にとって大きな損失となったことは間違いない。だが、選手たちは連日の熱戦で観客席の空白を埋めた。誠意に満ちた「おもてなし」で、海外選手団から好評を得たボランティアも後世に残る財産だ。

国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は6日の会見で「無観客で魂のない大会になるのではないかと思ったが、そうはならなかった」と述べた。魂を吹き込んだのは選手たちであり、運営に携わった全ての大会関係者だ。招致決定から8年に及んだ開催準備の労に、心から感謝したい。

魂を吹き込んでくれた

開幕前は「観客のいない五輪に意味があるのか」との懸念もあった。それでも、大会を通して国内の歓喜は途切れず、世界からは賛辞が寄せられた。

世界で何十億人もの人々が、テレビやインターネットで観戦したことも忘れてはならない。

開催準備の過程は多くの反省点も残した。今年に入り、大会理念の「多様性」に反する言動で関係者が相次ぎ辞任するなど世界に混乱をさらし続けた。今後の検証は避けて通れない。

心ない選手批判もあった。スポーツを軽んじる人々が存在することを反映している。だが、スポーツは、人がどんな挫折からもはい上がれることを教えてくれた。その象徴が白血病を乗り越えて代表入りした競泳の池江璃花子(りかこ)だ。

「人生のどん底に突き落とされて、ここまで戻ってくるのは大変だった。だけど、この舞台に立てた自分に誇りを持てる」

こう語った池江だけではない。コロナ禍に屈することなく、五輪の舞台に集った全ての選手たちが、この夏の真の勝者だろう。

私たちもまた、東京五輪を開催した事実を大切にしたい。熱戦に心を動かされた経験を、余すことなく後世に語り継がなければならない。24日からはパラリンピックが始まる。五輪の熱気を冷ますことなく、選手たちの戦いを最後まで見守り、支え続けたい。