首相、薄氷の五輪成功 政権浮揚効果は限定的

閉会式会場に到着した菅首相=8日夜、国立競技場
閉会式会場に到着した菅首相=8日夜、国立競技場

政府が国家の威信をかけて開催にこだわった東京五輪が幕を閉じた。新型コロナウイルス禍から大半の競技が無観客となり、当初目指した「完全な形」とはならなかったが、大会が大規模な感染拡大を招いた例はこれまで確認されず、成功裏に終えたといえる。ただ、国内のワクチン接種の遅れは無観客化の遠因となり、政権の浮揚効果は限られた。菅義偉(すが・よしひで)首相にとっては「薄氷の成功」だった。

動いた首相官邸

「さまざまな制約の下での大会となったが、開催国としての責任を果たし、無事に終えることができた」

首相は9日、訪問先の長崎市で行った記者会見でこう語り、五輪開催の意義を強調した。焦点だった感染対策も「日本だからできたとの評価も聞かれる」と総括してみせた。

7月21日付の米有力紙ウォールストリート・ジャーナルのインタビューでは「(五輪を)やめるのは一番簡単、楽なことだ」と苦悩していただけに、ひとまず胸をなでおろしている。

周囲から何度も開催中止を助言された首相にとっては薄氷を踏む思いだった。首相は「主催はIOC(国際オリンピック委員会)、東京都」と繰り返したが、大会組織委員会の判断に首相官邸が介入する場面もあった。

開会式で楽曲制作担当だった小山田圭吾氏の過去のいじめをめぐる問題では、丸川珠代五輪相が組織委に対処を要求。開会式前日に「ショーディレクター」を務める小林賢太郎氏のユダヤ人大量虐殺を題材にしたコントが問題視されると、即座にイスラエル政府などと連絡を取り合い、組織委に解任を求めた。

消えた「完全な形」

大会への道のりは、コロナとの戦いそのものだった。安倍晋三前首相は昨年3月に大会の1年延期を決めた際、「人類がウイルスに打ち勝った証しとして完全な形」と強調したが、今年1月の施政方針演説では菅首相の原稿から「完全な形」という文言が消えた。

安倍氏の念頭には今春までにワクチン接種が進むとの見立てがあった。しかし、実際は輸入交渉の難航などで開会式までに高齢者への接種をおおむね終えるにとどまった。政府関係者は「完全な形での開催が無理なのは明白だったので、演説の文言も見直さざるを得なかった」と明かす。

大会が近づくにつれ中止を求める声は大きくなった。4月に行われた産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査では「中止」と「再延期」が計74・4%を占めた。

「バッハ会長も感染状況は関係ないと明確に言っている。予定通り進めたい」。4月下旬、首相は産経新聞のインタビューにこう答えた。自信を裏打ちしていたのは、入国した選手や関係者を隔離する「バブル方式」の徹底と、選手らへのワクチン接種の進展だ。

「ぐだぐだ」な判断

批判の大合唱の中で閉会式を迎える事態を回避できたのは、防疫態勢が機能したことが大きい。立憲民主党の枝野幸男代表は、コロナ禍の五輪開催が「変異株の展示会になる」などと懸念したが、訪日した約4万3千人の選手や関係者に対する空港での検査の陽性率は0・1%程度。入国後も頻繁な検査で新規感染者を即座に隔離でき、拡大は防いだ。政府の新型コロナ感染症対策分科会の尾身茂会長は「五輪は人流増加のリスクがある」と懸念したが、期間中の人流はテレビ観戦の増加などでむしろ減少した。

ただ、観客をめぐる判断は迷走した。茨城、宮城、静岡の各県を除く大半で完全無観客となり、その判断は各都道県知事に丸投げされた。ある閣僚は「統一的な判断ができず、ぐだぐだだった」と振り返る。

五輪に臨む首相の覚悟は届いただろうか。大会は日本選手団の活躍などで沈着していた国民の心を鼓舞した。ある閣僚経験者は「中止を求めた野党が政権を握っていたら、あの感動はなかった」と語る。ただ、ワクチン接種の遅れで国内の感染状況をコントロールできず、国民の不安感は十分払拭できなかった。秋に迫る衆院選に向けた課題は多い。

(市岡豊大、岡田美月、水内茂幸)