【Dr.國井のSDGs考 ~置き去りにしない社会を目指して⑧】「安全至上主義が安全を脅かす」 前厚労省医務技監・鈴木康裕さん㊦(1/2ページ) - 産経ニュース

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Dr.國井のSDGs考 ~置き去りにしない社会を目指して⑧

「安全至上主義が安全を脅かす」 前厚労省医務技監・鈴木康裕さん㊦

前厚生労働省医務技監の鈴木康裕氏
前厚生労働省医務技監の鈴木康裕氏

「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(通称・グローバルファンド、GF)」の戦略・投資・効果局長を務める医師の國井修氏が、誰も置き去りにしない社会について、会いたいゲストと対談する企画の8回目は、前厚生労働省医務技監の鈴木康裕氏を招いた。今回は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで見えたこの国の課題について意見を交わした。

鈴木 新型コロナの流行では、国と地方の問題も明るみに出ました。日本の国の統治機構って、基本的には地方分権なんです。でも、コロナのようなことがあれば、都道府県、政令市から共通したフォーマットでデータを集め、同じような対策を全国でやってもらわないといけない。残念ながら通常の地方分権の状態ではそれができないんです。有事下での主権の制限をどうするか、地方自治をどうするかを考えないといけません。

欧米では罰則付きのロックダウン(外出制限)をしましたが、日本ではお願いベースしかない。マスクをきちんとする、3密を避けるといった対策で、最盛期の欧米に比べて数十分の一の感染で済みましたが、今後死亡率が高い感染症が数十倍の規模で来ると、そのときこそ地方自治や主権制限の再検討が必要になると思います。

國井 地方自治体は、自分たちがもつ情報をひとつの特権のように思っていて、それを簡単に国と共有したがらないという話を聞いたことがあります。

鈴木 それだけではありません。大阪府の吉村洋文知事が、これ以上患者が出たらどういう患者を優先するかを議論しないといけないという趣旨の発言をしたら、ボコボコにたたかれましたよね。全員を救えればいいけれど、それができないときにどうするかという有事モードの検討ができないんです。世界のどこかで、4~5年に一度はパンデミックが起きている。これだけ民度が高く技術力があり、財政的にも各国に比べてうまくいっている日本がこの状態を維持するためには、そうした議論は避けて通れません。

國井 吉村知事の発言は、危機管理の基本的な考え方ですよね。限られたリソースをどうやって最大限に活用して、被害をどう最小限に抑えるか。理屈でなく感情論で反対する人はどこにでもいますが、そうした議論や検討はやっていく必要があると思います。危機管理の判断や統制はトップダウンで迅速にやらなければ、被害や損失がどんどん広がることがあります。それから、ITの問題もありましたね。

鈴木 おっしゃる通りです。デジタルトランスフォーメーション(DX)は致命的です。日本のいいところでもあり欠点でもあるんですが、日本人は完全主義者なんです。技術的にできないわけではないのに、プライバシー保護をどうするか、セキュリティーは大丈夫か、と穴をつぶすために議論していくと、重箱の隅を突いてばかりで前に進まない。

今回も、ワクチンが確保できているのに国内ですぐ打てなかったのは、完全を期すために日本で一相、二相の試験を再度やることになり時間がかかったからです。それと、公平にするためにどうやって配るかを長々と会議したから。危なそうな人からとにかく早く打とうということにならない。そうした安全至上主義、完璧主義が結果として日本国民の安全を脅かしているというアイロニーを直視しないと、次のステップに進めません。

國井 災害支援でも同じようなことがいわれます。阪神大震災や東日本大震災の緊急支援で私も経験しましたが、100人分の物資を1000人いる避難所に届けると、「1000人分じゃないと受け入れない。別の100人の避難所に持っていってください」と言われる。平等に配らないと、不公平になるから。これは日本のいいところでもありますが、危機管理や緊急支援の観点では阻害因子にもなります。

鈴木 阪神大震災のとき、スイスの救助隊ががれきに埋まっている人を探すために救助犬を連れてきたんですね。ところが、「外国から来た犬は1カ月間港に留置して、狂犬病を発症しないことを証明しないと入れません」と言われて帰っちゃった。発災から3日以内に探せないと意味がないですから。事ほどさように、末端に行けば行くほど今あるルールを乗り越えられないんです。非常に低い狂犬病の有病率と救助犬が人を見つける確率を比較すれば、明らかに入国させた方がいい。責任はとるから入れろと誰かが判断して現場に言ってあげないとだめなんですね。

ただ日本人はばかじゃないと思うのが、このルールは東日本大震災のときには改められていて、すぐに各国からの救助犬が入れた。今回の新型コロナでも足りないところはさまざまにあったと思いますが、今回を糧に次回のパンデミックに備える英知が日本人にはあると私は思います。

國井 次にパンデミックが起きたときにどうすればいいか、2つ伺いたいと思います。ひとつ目は、リスクコミュニケーションをうまくとる方法です。

鈴木 今回のような新興感染症の場合、当初は決定的な治療薬やワクチンがない場合が多いですよね。唯一の対策は、マスクや三密回避といった人々の行動を変えてもらうことしかない。そのためには説得力のある訴えを、信頼感のある人がやらないといけないんです。厚労大臣は国会で忙しいので、副大臣や政務官が何時間でもマスコミの前に立ち、正確な情報を発信していく必要があると思います。大事なのは、海外に向けてもこれをやること。何も英語で話す必要はありません。ダイヤモンドプリンセス号の集団感染では、結果的に日本が採った個室管理は、乗客の感染を広げなかった。ところが、検査のキャパシティーが限られていたために検査するごとにどんどん陽性者が増えていき、船内で感染が爆発しているかのようなイメージを全世界に持たれてしまった。

國井 2つ目に伺いたいのは、「指揮系統をしっかり働かせるにはどうしたら良いか」です。今回は感染症という医療、公衆衛生上の問題ではあったけれど、さまざまなセクターに影響を与えましたので、それらの関係者から話を聞きながら対策を決めていくことも必要でした。感染症や公衆衛生の専門家はその専門的見地からものを考えますが、社会や経済への影響を最小限に抑えることも重要で、その辺のバランスをどうとればよいか、さまざまな考え方がありました。

鈴木 ここまで大きなパンデミックは、厚労省の管轄だけで終わらないんですよね。厚労省は感染症から雇用まで担当しているので枢要であることは間違いないですが、全体のコマンドは各省庁ににらみがきく官邸に置かないとだめです。内閣官房には危機管理官がいて、テロや災害の際には中心となって動きます。ただ、パンデミックの対応となると厚労省関連が多いので、パンデミックが起きたときは感染症用の危機管理のポストが必要かもしれません。内閣官房の傘の中で首相からの指示を受け、各省庁にいろいろ指示ができる人が必要です。官邸からコマンドラインをつくり、各省庁のバランスをとりながら責任をとることが大事だと思います。