東京五輪 祭典のあと何を残す 会場利用など重い課題

東京五輪が行われた国立競技場
東京五輪が行われた国立競技場

新型コロナウイルス禍で開催された東京五輪が閉幕し、そのレガシー(遺産)の真価がハードとソフトの両面で問われることになる。巨額の整備費を投じながら、無観客となった競技会場は大会後の活用方法が迷走。今大会が掲げた「多様性と調和」という理念の達成も十分とは言い難い。それでも、トップアスリートたちの努力の軌跡は希望をもたらした。困難の中での祭典をやり遂げた今、宴のあとの重い課題に向き合う時期に突入した。

「聖地」の将来像

8日午後10時15分、東京・国立競技場。17日間にわたり灯(とも)された聖火が消え、新たな五輪の「聖地」が誕生した。だが、1569億円を投じて整備されたメインスタジアムの将来像はぼやけたままだ。

政府は当初、球技専用に改修する方針を決めていた。しかし、ワールドアスレチックス(世界陸連)が国立での世界選手権開催を希望。一転、トラック存続の方向での再検討が進むことになった。大会後の維持費は年24億円が見込まれるものの、年間収支の見通しはいまだ示せずにいる。

「トラック撤去では社会の理解も得られない。五輪が無観客となったことは、議論に影響を与える」。大会関係者がこう指摘するように、施設などハード面のレガシーをめぐる議論が今後、本格化していく。

こうした先行きの不透明感は国立だけにとどまらない。都が新設した施設の中で最多の567億円が投じられ、水泳競技の舞台となった東京アクアティクスセンター(東京都江東区)も年6億円超の赤字が見込まれる。約1万5千の観戦席が設けられたが、大会後は約5千に減らす予定。一度も観客を受け入れないまま撤去される席もあり、「もったいない」(日本水泳連盟幹部)との声が上がる。

理念の浸透

新型コロナ禍で行われた今大会。コンセプトの一つとされたのが、一人一人が互いを認め合う「多様性と調和」だった。

だが、関西大の杉本厚夫名誉教授(スポーツ社会学)は「メダルの獲得に一喜一憂した印象がある」と指摘する。

メダルに届かなかった選手がインタビューで謝罪することもあった。「試合では必ず勝者と敗者という差異が生じる。互いの健闘をたたえ合うことでその差が埋まり、多様性を認める土壌が生まれる。その理念を子供たちに十分伝えられただろうか」

五輪が各競技の国際大会と一線を画すのは、競技性を超えた理念の存在だ。その浸透が道半ばだった側面は否めない。

観戦体験

それでも、五輪をやり遂げた意義はある。

「自分も世界の舞台で活躍できるようになりたい」。茨城県鹿嶋市のカシマスタジアムで7月27日に行われたサッカー女子の米国対オーストラリア戦。地元チームに所属する中学3年の女子生徒(14)は観客席でトップアスリートたちの活躍に目を輝かせた。

多くの会場が無観客となる中、茨城県では、希望する子供たちに試合観戦の機会を提供する「学校連携観戦プログラム」を実施。観戦体験が次世代の可能性を育てるレガシーとなった。

ホストタウンも海外選手団との交流機会を捻出。柔道のブラジル選手団を受け入れた浜松市では7月中旬、オンラインで市立城北小の児童らが選手と会話した。子供たちが「ボア・ソルチ(頑張れ)!」とポルトガル語でエールを送ると、画面の向こうの選手たちが目を細めた。

交流などの活動が制限されたことで得られる教育効果もあった。東京都中央区立豊海(とよみ)小では、折り鶴で作ったブラジル国旗などを選手団に届けた。村上隆史校長(47)は「コロナ禍のこんな時だからこそ、子供たちが自分に何ができるか考える機会となった」と語る。

得られた種は確かに少ないかもしれない。しかし、スポーツライターの小林信也氏は語る。

「五輪に合わせて進められていた多くの試みが失われたが、それでも、つながった縁をこれからどう育てていくのか。それが問われることになる」

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