消滅 堂島コメ先物市場㊥

農家の「自立」 断たれた理念

「コメ先物取引は、何も怖い市場じゃない」。6月、秋田市内でコメ先物取引を説明するセミナーが開かれた。登壇したのは秋田県にあるJA大潟村の代表理事組合長、小林肇(はじめ)。大潟村は戦後、食糧増産のため干拓された八郎潟に誕生し、全国から入植者が集った。

JA大潟村を「農家個々の自立志向の経営力があった」とうたう小林が、大阪堂島商品取引所で試験上場が始まった平成23年からコメ先物取引を利用するのも、農家の経営力強化につながると考えたからだ。販売先の多様化をメリットに挙げ「リスク分散することが経営者として重要」と、セミナー参加者に説いた。

堂島はこうしたセミナーを新潟県や宮城県といった国内を代表するコメどころを回って開き、生産者に参加を呼びかけてきた。

すべての会場で、農林水産省の担当室長も制度説明のため登壇。これまで厳しい態度をみせてきた農水省の思わぬ支援に「本上場申請は認可されるのでは」と堂島側に期待が広がった。

しかし、セミナーに出席したある生産者は、後の農水省の決定を暗示するかのようにつぶやいた。「すでに先物に関心がある人しか出席していない。参加者に広がりがなかった」

農水省は8月6日、取引参加者が増えていないとして本上場認可を認めない決定を下した。

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コメ先物の取引高は昨年度、上場開始以来最高を記録した。一方で、参加者数は生産者や商品先物業者ら計175と当初より増えたものの、近年はほぼ横ばい。農水省はここを突いた。

実際、先物を活用する生産者はごく少数だ。コメ流通量のうち、堂島を通過するコメは1%にも満たない水準で「全体からみればほとんどゼロ」(農水省)といっていい状況だった。

明治学院大教授の神門(ごうど)善久は「先物も利用することで農家は資金計画を立てやすくなる。自主自立の農家にとってはメリットがあった」。近年、法人に衣替えして大規模化に乗り出すなど、経営戦略を強化する農家も目立つ。

それでもなぜ、参加者は頭打ちだったのか。理由の一つは、各地のJAを束ねる全国農業協同組合中央会(JA全中)が冷淡だったことがある。専務理事の馬場利彦は7月の記者会見で、先物取引に参加する生産者は「一部の、ほんの一部」と強調してみせた。

JA大潟村の小林は、全中の会長ら幹部に先物取引を活用するよう直談判したことがあるが、「聞く耳は持ってもらえなかった」という。

コメ価格の指標づくり、農家の自立経営の一助になるとの理念も掲げたコメ先物取引。理念は広がらず、先物取引自体へのなじみの薄さも相まって投資家も呼び込めず、挫折した。

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「日本のこの美しい原風景、環境や文化や伝統を守ったのは地域で頑張る皆さん、農林水産業なんだろうと思います」。前首相、安倍晋三は在職中、農林水産業者の活躍が「美しい日本」を守ると繰り返し述べた。

しかし、高齢化、就農人口の減少と農業を取り巻く環境は厳しくなる一方で、荒廃農地も目立っている。

コメ先物に参加する新潟県の大規模生産法人「新潟ゆうき」社長の佐藤正志は「先物取引という新しい流通手段が定着すれば、農業全体の風向きが変わる可能性があった。市場を意識することで、これまでJAに頼っていた農家も『経営』という感覚が生まれたきっかけになっていたかもしれない」と悔やむ。(敬称略)

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