こだわりと情熱で栄冠 日本AS界の母、井村HC

ソウル大会銅メダルで、メンタルトレーニング指導士の田中ウルヴェ京(みやこ)さん(54)は「倒立したまままっすぐ沈むのを、できるようになるまで3時間やり続けたこともあった」。基本に忠実で、妥協を許さない。ウルヴェさんは「先生は論理的で的確。この人のもとなら、絶対にうまくなると思った」と話す。

「勝負師」。シドニー、アテネ両大会で銀メダルを獲得し、現在は追手門学院大准教授の巽(たつみ)樹理さん(41)は井村HCをこう評する。「本番で勝つため、あらゆる手段を使って用意周到にする。(東京大会の)無観客が決まり、新たな作戦を練っていたはず」。厳しい指導は全て勝利を見据えたものだった。

本物を追究する人でもあった。今大会のチーム・テクニカルルーティーン(TR)のテーマである「空手」を仕上げるため、代表メンバーを空手道場に通わせ、形(かた)を学ばせた。

祭りをテーマにしたフリールーティーンでも、阿波踊りの要素を取り入れるため、19年8月にメンバーとともに本場・徳島で踊りを習い、実際に練り歩いた。歌舞伎やミュージカルなども参考にしようと、劇場に頻繁に足を運んだ。

AS界の伝統を築いた一方で、変化も望んだ。今回のデュエットTRにあたっては、「ジャンルの違う人に、新しい風を吹き込んでもらいたい」と演技指導を舞踊家の舘形比呂一(たてがたひろかず)さん(56)に依頼した。舘形さんは「ASではあまり見られない表情や動きを提案しても、柔軟に受け入れてくれた」と話す。

妥協を許さず、本物にこだわる。厳しい指導の裏には、ASに対する情熱があった。関係者によると、今大会後に退任する方向で事前に日本水泳連盟と合意。7日の競技終了後、「区切りをつけて若いコーチに譲りたい」と話した。希代の名伯楽は一線を退くが、そのまなざしは教え子たちに注ぎ続けられる。(橘川玲奈)

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