「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記

短期集中連載『闘将が虎を抱きしめた夜』20億円を用意してくれ! そして闘将は甲子園球場の夜空に舞った

FAで広島から入団した金本知憲(中央)と握手する野崎勝義球団社長(左)、星野仙一監督=2002年11月
FAで広島から入団した金本知憲(中央)と握手する野崎勝義球団社長(左)、星野仙一監督=2002年11月

えっ! 闘将は10月19日から始まっていたエンゼルス対ジャイアンツのワールドシリーズを観戦に行っていた。ジャイアンツの本拠地サンフランシスコで第3戦から3試合見ていた。

「ワシは今週末に日本に帰る。それまでの間にじいさん(久万俊二郎オーナー)に頼んでほしい。どうしても補強費で20億円いるんや。用意してくれ」

「20億円!すか…。まあ、どう言うかわかりませんが、頼んでみます」

「よしゃ、ほなら日曜日の夕方、夙川で会おう。頼んだぞ」

腰が抜けそうになる…とはこのことだ。2億とか、いや2万円とか2千円じゃない。20億円を用意しろ…といわれたのは人生でたぶん最初で最後だろう。

久万オーナーに連絡を入れ、「監督が補強費で20億円を用意してほしいと言うてます」と伝え、日曜日のお昼にオーナー宅に向かった。いつもの書斎に入ると、オーナーは大きな紙をテーブルいっぱいに広げた。それは阪神電鉄本社とグループ会社の「連結決算表」だった。

タイガースは野村克也前監督時代から球団は黒字だったが、そのもうかったお金は他の関連会社の赤字補塡(ほてん)に回されていた。例えば球団が20億円の黒字として、他の会社…当時で見るならば六甲山のカンツリーハウスや甲子園パークなどはそれぞれ7億円ほどの赤字。大きな紙の右下にはグループ全体での損益が書かれていたが、確か数億円のプラスだったような…。

つまりオーナーは連結決算表を私に見せて、「とても20億円は…」と言いたかったのだろう。球団はいくら黒字を出しても、独立独歩で経営しているわけではないので、黒字分から気前よく戦力補強費を捻出できない。お金の流れを全て書いている表を見れば、いくら経営に疎い者でも基本的な理解はできる。

阪神が目指す本来の姿ではない?

絶望的な空気…。ところがオーナーは言った。「ウチは住友銀行とお付き合いしています。優良な資産もある。貸してくれ…と言えば住友さんも20億円くらいは貸してくれるでしょう」

「いいんですか…。まあ監督は20億円と言うてますが、全ての補強策が実現するわけじゃあないでしょうから、実際は20億円も使わないはずです」

背中に冷や汗をかきながらオーナー宅を辞すると星野監督の待つ阪急・夙川駅前のすし店に向かった。ひげを蓄えた闘将は暖簾(のれん)をくぐった私に間髪入れず「どやった?」と聞く。「オーナーは20億円出す、と言うてくれました」。「そうか。でかしたぞ。よし大将(すし店の)出してくれ」。出てきたのは分厚いサーロインステーキ。その後に特上ずしだった。すし店でステーキを食べたのも、たぶん人生で最初で最後だろう。

かくして大リストラと大補強でチームの空気はガラリと変わった。特に金本の加入は大きく、闘将が言っていた通り、今までの阪神の選手が見たこともないような練習量はチーム全体の野球に対する意識を根底から変えたはずだ。

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