重圧からの解放と夢の結実がマットにはじけた。7日行われたレスリング男子フリースタイル65キロ級決勝。2-2の第2ピリオド、残り30秒だった。懸命に攻めた乙黒拓斗(自衛隊)のタックルが、ついにアリエフ(アゼルバイジャン)をとらえる。劇的なポイントを加え、金メダル。終了のブザーとともに、渾身のガッツポーズを繰り出した。
74キロ級の兄、圭祐とともに5歳でレスリングを始めた。2018年世界選手権を日本男子最年少となる19歳10カ月で制し、脚光を浴びた。自ら「猫のよう」と評する身のこなしに、手足の長さを生かしたタックル、カウンターが武器。山梨学院大の恩師、高田裕司総監督は「あのカウンターは誰もまねできない」と絶賛する。
生まれ持った資質に加え、誰もが認める「練習の虫」。周囲の期待が高まる一方で、弱点もあった。2連覇が懸かった19年世界選手権はなかなか仕掛けてこない相手にいらだちを募らせ、自滅のような形で5位に終わった。五輪を前に「敵は自分。自分のレスリングをできるかできないかだけ」と話したのも、力量だけなら負けない自信と、セルフコントロールの重要性を自覚するからだ。
成長を感じさせる決勝だった。残り時間が少なくなっても自分を見失わず、一瞬のチャンスを逃さなかった。「大会が開催されると信じ、できる準備をしてきた。ラスト30秒で生かされた」と胸を張った。
勝ちどきを上げながら、乙黒拓の顔は次第に涙でゆがんでいった。「すごいプレッシャーがあったが、本当にみんなが一致団結して自分を勝たせようとしてくれて…」。女子が今大会も順調に金メダルを積み上げた中、〝最後の砦〟としてマットに立った22歳の大器が、男子レスリング界に2大会ぶりの金メダルをもたらした。(森本利優)