「継続こそ力」証明 空手組手「銅」の荒賀 - 産経ニュース

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「継続こそ力」証明 空手組手「銅」の荒賀

男子組手75キロ超級準決勝で、サウジアラビアのハメディ(左)に敗れた荒賀龍太郎=日本武道館
男子組手75キロ超級準決勝で、サウジアラビアのハメディ(左)に敗れた荒賀龍太郎=日本武道館

その努力に誰もが感服させられた。東京五輪第16日の7日、日本武道館で行われた空手組手で、荒賀龍太郎(30)が銅メダルを獲得した。頂点には、あと一歩及ばなかったが、組手の日本勢初となる快挙。幼い日から、血のにじむような鍛錬を積んできた空手家が、「継続こそ力」の信条を身をもって証明した。

「日本発祥の空手で、初めての五輪の舞台で、代表として選ばれたからにはメダルなしでは帰れない」

この日、その一心で畳に立った。

準決勝では、サウジアラビアのハメディ(23)を相手に、何度も突きを繰り出すなど攻めの空手を徹底。しかし、相手に先取され、残り10秒で繰り出した突きも逆襲されてリードを広げられた。そのまま挽回はかなわなかった。

敗退後、報道陣の取材に応じる最中、カメラに背を向け、涙をぬぐった。

京都府の空手一家に生まれた。かつて選手だった両親の指導の下、3歳から、きょうだいとともに空手漬けの日々を送った。「アニメの『巨人の星』みたいな家でした」。姉の知子さん(36)は振り返る。

最初の挫折は、中学1年の頃に出場した全国大会。準決勝で、身長が20センチも高い3年に手も足も出なかった。厳しい指導は、翌日から始まった。父の正孝さん(68)は、大人を相手に練習するように荒賀に指示。身長差のある相手に思わず後退すると、「下がるな!」と怒声が飛んだ。

自宅ではテレビ番組がCMに変わると、スクワットと腕立て伏せを繰り返した。道場で練習を終えた後も帰り道で車を降り、2キロの走り込みをした。家族旅行に出かけたときも、山道を走った。全ては強くなるためだった。

夜になると自宅付近にある電柱に向かって、突きをひたすら続けた。日々、何百本も、何百本も。世界最速と評される瞬発力と突きで、「スピードドラゴン」と呼ばれる荒賀の技は、この反復練習で磨かれた。

「こつこつやることが得意で、努力を継続する才能があった」(知子さん)。愚直な姿勢は実を結び、2016年世界選手権で初優勝。五輪が目標となった。

《必勝祈願 龍太郎 オリンピック金メダル》

大会直前、知子さんは祈願の絵馬に記した。その写真を荒賀に送ると、「ありがとう」と連絡がきた。恥ずかしがりつつも、喜んでいることが伝わってきた。

この日、気迫のこもった組手でメダルをつかみ取った。これまでの努力の数々が、この瞬間につながっていたことを結果で示した。(佐藤祐介、宇山友明)

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