一聞百見

ハードロックに撃ち抜かれ 寝屋川のヴァン・ヘイレン

数々の難曲を弾きこなし、ロックギターの魅力を伝え続ける米田さん=大阪府寝屋川市(彦野公太朗撮影)
数々の難曲を弾きこなし、ロックギターの魅力を伝え続ける米田さん=大阪府寝屋川市(彦野公太朗撮影)

昨年10月に65歳でなくなった米人気ロックバンド「ヴァン・ヘイレン」のギター奏者で、ロックギターに革命を起こしたエディ・ヴァン・ヘイレンさん。死後、改めてその業績が称賛されたが、その超高度な演奏を完全にコピーする世界的に人気のユーチューバーが大阪府寝屋川市にいる。米田喜一さん(55)。本業はお好み焼き店の店主だが、あまりのそっくりぶりに、いつしか〝寝屋川のヴァン・ヘイレン〟と呼ばれるように。期せずして遅咲きユーチューバーとなった米田さんの半生とは―。



京阪本線の萱島(かやしま)駅(寝屋川市)から商店街を東に約600メートル進むと、米田さんが店主を務めるお好み焼き店「薩摩(さつま)」がある。

一見、ごく普通の店だが、いまやお好み焼きの味より米田さんが披露するエレキギターの〝超絶技巧〟ですっかり有名に。

鉄板の前でお好み焼きや焼きそばを焼く姿と、ロック・ギタリストの雄姿はなかなか結び付かないが、エレキを手にすると米田さんはエディに変身するのだった…。

幼い頃から「飽き性で、ボウリング、野球、卓球と、どれも1、2年しか続かなかった」という米田さん。だが、中学2年生のとき、人生を変える出来事が起きる。

「同級生の家で、英のハードロックバンド、ディープ・パープルのアルバム『ライヴ・イン・ジャパン』(1972年)を聞いたんですが、全身を撃ち抜かれるような衝撃を受けたんです」

以来、自宅に眠っていたガット(クラシック)ギターを、次に中3の誕生日に両親から贈られた国産のエレキギターを猛練習した。目標はパープルのギター奏者、リッチー・ブラックモア。いわずと知れた70年代のギター・ヒーローだ。

門真市内の公立高校に進むが「1日1枚、ギターがすごいハードロックやヘヴィ・メタル系のアルバムを聞き、早起きして1日6、7時間の練習を続ける」日々を過ごした。

アマチュアバンドで活躍した20代の頃の米田喜一さん。凄腕のロックギタリストで知られた(本人提供)
アマチュアバンドで活躍した20代の頃の米田喜一さん。凄腕のロックギタリストで知られた(本人提供)

めきめき腕を上げ、店舗兼自宅の2階から漏れ聞こえる米田さんの演奏に聞きほれた大学生からバンドに誘われたことも。その後、バンド活動を本格化させ、キーボードもこなすように。30歳のとき、3人組のポップ系バンド「ジェムストーン」としてメジャーデビューを果たす。