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勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(284)

速球王の決断 山口、涙「いまが引き際とも」

8年間の現役生活に終止符をうった山口(奥は上田監督)
8年間の現役生活に終止符をうった山口(奥は上田監督)

■勇者の物語(283)

前期、もう一歩のところで優勝を逃した阪急。後期は夏過ぎからズルズルと後退し結局、29勝32敗4分けの5位に終わった。上田監督は大手術に踏み切った。

「思い切った体質改善をやる。根本的な土台づくりだ。いまのままの状況が続けば、ウチは永久に優勝できない」

上田監督の方針は力の衰えたベテランを排し若手に切り替える―というもの。その第1弾が〝速球王〟山口高志への戦力外通告だった。

10月22日午後3時、球団との話し合いを終えた山口は上田監督に伴われて「引退会見」の席に着いた。

「自分としてはまだ頑張りたいという気持ちもあった。けれど、いまが引き時とも考えた」

山口の目にはいっぱいの涙。報道陣から「プロ8年間を振り返って」の質問が出たとき、フッとほほ笑んだ。

「8年間といっても実働は4年間です。入団するとき〝5年やってダメだったら辞めよう〟と思っていたし、その意味では計算通りですかね。悔いのない野球人生が送れたと思う」

兵庫・市神港高―関大―松下電器から昭和49年のドラフト1位で阪急に入団。このとき松下側は山口のプロ入りに大反対。阪急のスカウトが指名挨拶に来たときも「巨人さんなら人気もお金もあるが、阪急さんではねぇ。松下で定年(60歳)まで働けば1億5000万円の収入が見込めるんですよ。少しぐらいのお金じゃ動きませんよ」と突っぱねた。

だが、山口はプロで力を試したかった。何度も頭を下げて会社を説得し入団にこぎつけた。契約金5000万円、年俸300万円。(いずれも推定)

うなるように伸びる速球を武器に山口は1年目から活躍した。50年12勝13敗1Sで新人王を獲得。広島との日本シリーズではMVPに輝いた。53年シーズンには13勝4敗14S、最優秀救援投手に選ばれた。だが、好事魔多し―。ヤクルトとの日本シリーズ直前、足を滑らせ腰を痛めてしまう。速球王・山口の〝伝説〟はここで終わった。

「お前の投げ方(アーム投法)を続けとったら肘や肩を痛めるで。速球で押すだけがピッチングやない。大事にせい。自分の将来を―と何度も言うたんやけどね」。福本豊は寂しそうに当時を振り返った。(敬称略)

■勇者の物語(285)