【話の肖像画】評論家・石平(59)(5)中韓と日本は「異質の文明」 - 産経ニュース

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評論家・石平(59)(5)中韓と日本は「異質の文明」

座談会に出席して。左が本人=平成28年(春名中撮影)
座談会に出席して。左が本人=平成28年(春名中撮影)

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《日本と中国・韓国との比較論について書いた著作も多い。同じ北東アジアで、儒教の影響を受けてきた共通点がある3つの国の「違い」は何か》

確かに同じ北東アジアに位置し、儒教の影響を受けていたり、漢字(を基本とした言語)を使ったりするといった類似点はあるでしょうが、よく言われるような、「同文同種の文化」「一衣帯水の地」というのは誤解でしょう。文明の本質で言えば、日本と中韓は「異質」と言っていいほど違いがあります。

まずは、国としてのあり方の違いです。日本は明治維新によって、いち早く近代化を成し遂げることに成功しました。「法の支配、自由、人権、民主主義」といった価値観を持つ法治国家となったのです。

これに対し、中国や朝鮮半島の国(韓国、北朝鮮)はどうでしょう。平然と国際法のルールや国家同士の約束事を無視し、権力者の意向次第で政治が左右される。法治国家とはいえず「人治」です。

《日本人は「公」を重んじるが、中韓に「公」の意識は薄い》

これまでも触れてきましたが、中国では、儒教の影響を受けた宗族(そうぞく)(父系の血縁社会)主義の下、一族の繁栄のみを追い求めてきたのです。歴代の王朝を見ても、漢王朝は劉氏、唐王朝は李氏…と、それぞれ一族(私)の政権であり、国家などという「公」の意識はまずありません。

現代の中韓でも、かつての皇帝のごとく、国家主席や大統領が「一族の長」として絶大な権力を握り、人事や権限を独占している。利権やポストの〝甘い汁〟を求めて一族の連中がぶら下がり、一族丸ごとによるケタ違いの不正蓄財がなされる構図です。

一方の日本は、「私」よりも国家、会社といった「公」を大事にしてきました。順法精神や道徳心も高い。

皇帝など絶対権力者にではなく、天皇―幕府―各藩といった多元的な権力構造を構築したこともよかった。このシステムは、聖(宗教)・俗の権力が分かれていた西欧に、むしろ似ていると思います。

《日本は「科挙(かきょ)」(儒学による中国隋(ずい)~清(しん)まで続いた官吏登用試験)を取り入れなかった。そこが、中韓との違いになった、という》

試験に合格すれば、官吏になれる「科挙」は一見、公平なチャンスが与えられる制度のように見えます。ところが、科挙至上主義に陥り、それ以外の道はさげすまれました。とくに商人や職人がないがしろにされたことで「中間層」が育たなかったのです。

一方、科挙を導入しなかった日本は江戸時代に町人文化が花開きます。庶民層も「読み書きそろばん」を身につけ、商工業が発達し、自由な発想が育つ。それが明治以降の近代化につながっていきます。

日本は中国と距離を置いていた時代ほどよかったのです。遣唐使を廃止した平安時代。鎖国の江戸時代。「脱亜入欧」を掲げた明治期も、日露戦争まではよかったのですが…。日本の失敗は「中韓が同じ思想、同じ文明の持ち主」と誤解してしまったことにあるのです。(聞き手 喜多由浩)

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