勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(282)

秘密の計画 胴上げ 落とすのはまだ早い

V1を達成し、チャンピオンフラッグを手に堤義明オーナー(中央)に優勝報告をした西武・根本陸夫管理部長(右)と広岡達朗監督
V1を達成し、チャンピオンフラッグを手に堤義明オーナー(中央)に優勝報告をした西武・根本陸夫管理部長(右)と広岡達朗監督

■勇者の物語(281)

昭和57年シーズン、パ・リーグを制したのは広岡西武。後期優勝の日本ハムとのプレーオフを3勝1敗で制し、ライオンズとしては38年以来19年ぶり、西武として初優勝を飾った。

◇プレーオフ第4戦 10月14日 後楽園球場

西 武 010 141 000=7

日本ハム 004 000 100=5

(勝)東尾2勝 〔敗〕高橋一1敗 (S)小林1S

(本)クルーズ①(高橋)ソレイタ①(高橋)古屋②(東尾)テリー①(高橋里)②(高橋一)黒田①(川原)

最後の打者クルーズが見逃しの三振に倒れると、田淵が真っ先にベンチを飛び出しマウンドの歓喜の輪に飛び込んだ。

「おっさん、やるか?」。東尾が耳元でささやいた。この時、秘密の計画が実行されようとしていた。それは…。

広岡達朗の「監督」就任が決まった56年オフ、田淵は落胆した。

「肉はダメ、野菜を食べろ。米は食べるな。そんな広岡野球についていけるわけがない」。広岡流の「管理野球」はヤクルトの監督として53年、日本一になったことで確立されていた。禁酒、禁煙、禁麻雀。そして選手の食生活まで管理。肉の摂取量を抑え、玄米食や自然食品の摂取を強要した。

「オレの野球人生も終わりか…」と田淵は寂しい気持ちで秋季練習に参加した。その初日のこと。監督就任の挨拶にたった広岡監督がこう切り出した。

「この球団には最高の給料とりが2人います。だが、その選手は守れない、走れない。もう一人は、いいピッチングをしていても、最後には打たれて負ける」

田淵と東尾は顔を見合わせた。

「オレたちのことか?」

「許せん! あいつの言うことなんか絶対に聞くか!」

ロッカールームで荒れ狂う東尾に田淵はこう言った。

「まぁ待て。反抗するより、言うとおりにして優勝してやろうや」

「おっさん、気でも狂ったんか」

「そうじゃない。優勝して、胴上げして、最後に落としてやるんだよ」

これが〝秘密の計画〟だった。広岡監督の胴上げが始まった。

「おっさん、やるか?」。東尾のささやきに田淵が答えた。

「まだ早い。日本シリーズで勝ってからだ!」(敬称略)

■勇者の物語(283)