男性同士の恋愛を描くボーイズラブ(BL)小説で長く活躍してきた一穂ミチさん。一般文芸として初の単行本となった『スモールワールズ』(講談社)は、「歪(いびつ)な家族」がテーマの連作短編集だ。人間の弱さや優しさ、ままならない現実のほろ苦さと救いを繊細な心理描写ですくい取った。
正しい家族とは?
テーマの提案は編集担当者からだ。「『歪とは』『正しい家族とは』と考えるとキリがなく、最終的にはなんでもありだな、と解釈しました」と明かす。
収録作の「ネオンテトラ」は、仕事も妊活も行き詰まった主婦と家庭環境に恵まれない少年の交流を描く。秘密を抱えながら実家に出戻った豪快な姉と弟の物語が展開する「魔王の帰還」。「愛を適量」では、向き合えなかった父と子が再会し、新たな関係を模索する。コミカルだったり、童話のようだったりとそれぞれ味わいは違うものの、性の多様性や女性が抱える悩みといった、現代の家族の在り方を問いかける作品集となった。
「小説は年表では見えない、社会の足跡としての一面がある。切り口に現代の世相を入れたかった。『こうあるべき』という家族像とのギャップに苦しむ人がたくさんいるのではないでしょうか」
巧みな構成の「花うた」は、刑務所にいる男と女が手紙を交わす書簡体小説だ。兄を殺された女性と加害者の男の心情が変化していく様子をつづった。官民協働の新しい刑務所についてのドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」から着想を得たという。
「往復書簡で1本書きたいと思っていました。今の時代に手紙をやり取りするなら獄中など制限された状況だろうと考えていたときに、プリズン・サークルを見ました。罪の意識すら薄かった受刑者が罰ではなく、対話を通じて自らの加害を知っていく過程に心が揺さぶられました」
ゆるやかにつながる6つの物語は、人の悪意や世界の残酷さ、希望と優しさが交錯する世界を浮かび上がらせる。「作品を書くときに、ジャッジをしない、絶対にいい人も悪い人も出さないようにしています。新聞を毎日読んでいますが、信じられないようなひどいことも起こるけれど、優しい善意に触れることもある。どちらが本質というわけでもない。(ナチスの強制収容所でのできごとを記録した)『夜と霧』の中で、収容者たちが、夕焼けを美しいと思うシーンが好きです。世界は残酷だということと、世界が美しいと思うことは矛盾なく成り立つ。そういうことを書きたいと思っています」
作風ににじむ「大阪的なもの」
本が好きな母のもと、物語が身近な環境で育った。「私にとっての家族は、継ぎ足し続けるタレみたいなもの。小説を書くようになったのは親の影響もありますが、それにあらがいたい気持ちもある。言葉にできない感情がたくさんあります」と振り返る。
大阪で育ったことが作風にも影響しているという。「悲しみの中にも笑いがあり、笑いの中にも悲しみがある、という感覚が根付いている。大阪的なものだと感じています」
同人誌での二次創作を経て、商業誌でデビュー。会社員の傍らBL作品を執筆。新聞を読むのが好きで、勤務先で目を通している。「思ってもいない方向のチャンネルから情報をいただけるので、それが刺激になってありがたいですね」と語る。
直木賞候補となった本作は、受賞は逃したものの、選考会でも「今を生きる人の息遣いがある」として、熱心に推す声もあった。今年は、一般文芸作品の刊行も予定され、活躍の場が広がっている。
「BLと一般文芸の違いは、男性同士の恋愛がマストか否か、くらいしか思いつきません。一般文芸は恋愛に帰結しなくてもいいという自由度と楽しさがある。将来は新聞小説も書いてみたいです」