「体操ニッポン」躍進支える国産メーカー 源流は日露戦争

「器具に僅かでも不具合があれば演技結果に直結するシビアな世界。寸分の誤差も許されないという意識で仕事に携わってきた」

同社企画開発部で段違い平行棒などの設計や開発を手掛けてきた濁川(にごりかわ)靖さん(39)はこう話す。

同社の源流は日露戦争に遡(さかのぼ)る。当時、創業者の勢能(せのう)力蔵は従軍先の戦場で目にしたロシア兵との体格差に衝撃を受け、日本人の体力を向上させようと、明治41年に鳥取県で開業。昭和10年から本格的に体操器具を扱い始めた。

国産メーカーとして初めて五輪に体操器具を納入したのは前回1964年東京五輪。これまでに世界選手権など数多くの大会で採用されてきた。

濁川さんは「100人中100人が満足する器具ができない限り、改良に終わりはない。これからも選手とともに体操の可能性を模索していきたい」と意気込んでいる。

(竹之内秀介)

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