【書評】『零の晩夏』岩井俊二著 「美学」映す絵画ミステリー

『零の晩夏』

「この人、花音(かのん)先輩に似てないですか?」。職場の後輩が送ってきたメールに添付されていたのは、精緻な写実画だった。窓辺に佇(たたず)む女性の横顔。似ているかどうかは自分では分からなかったが、「零」と名乗る画家が描いたその絵『晩夏』には内なる衝動を刺激する力があった。絵の道を諦めていた私が、久々に絵筆を走らせたほどに。

セクハラ上司のせいで広告代理店を辞めることになった主人公の八千草花音は、芸術雑誌の研修生として働き始め、謎の絵師「ナユタ」の特集記事を担当する。顔も履歴も非公表の覆面画家には「死神」という異名があった。ネットでは「描かれたモデルが必ず死ぬ」と噂になっている。調べてみると、確かに周囲で人が次々に死んでいるようだ。偶然なのか、それとも何か理由が…。

周到に埋め込まれた仕掛けがこのミステリー小説の推進力。数字に関する名前がいくつも出てくるのは。主人公が思いがけず果たす役割とは。さりげなく出てきた話が実は…。読み始めたら止まらない。

花音は最初、臨終間際の人や解剖中の人体まで描いたというナユタが評価されることが理解できない。だが、ナユタの作品を見て歩き、本人を知る人から話を聞くうちに、少しずつ共感を抱いていく。

タイムラインに日々流れてくる人の失敗や挫折やその痛みや苦しみを片っ端から人差し指で弾き飛ばしている。そんな自分の無神経さにも気づく。くじけずに進もうとする意思の尊さや、一瞬の生命のきらめきが愛(いとお)しく思えてくる。その覚醒が本書のテーマといえるのだが、読みどころがもう一つ。それは、芸術とは何だろう、という素朴かつ普遍的な問いかけだ。

美大出の花音が在学中に描いていたのは、マリー・ローランサンのパクリみたいな絵ばかり。プロになんてなれるはずがなかった、と自嘲するような人物だ。そんな彼女が、命を削るようにして制作され、心を揺さぶってくる作品を取材してしみじみと語る自省的な言葉が味わい深い。

映画監督としても知られ、その映像美を「岩井美学」と評される著者。芸術についての持論だろうかと思って楽しんだ。(文芸春秋・1980円)

評・阿蘇望(ライター)