動画見尽した博士号ジャンパー 走り高跳び戸辺

男子走り高跳び決勝 2メートル24をクリアする戸辺直人=国立競技場
男子走り高跳び決勝 2メートル24をクリアする戸辺直人=国立競技場

1日に行われた東京五輪陸上男子走り高跳びの決勝。バーの高さは2メートル27センチ。3度目の跳躍に失敗し、ランディングマットから起き上がった戸辺直人(29)は悔しそうな表情を浮かべ、頭を下げた。日本選手として49年ぶりに挑んだ決勝の壁は高かったが、博士号を持つ異能のジャンパーは、世界の舞台に足跡を確かに刻んだ。

13人で争われた決勝。2メートル19センチ、続く2メートル24センチをクリアし、挑んだ2メートル27センチ。日本記録でもある2メートル35センチの自己ベストを下回る高さだったが、越えることはできなかった。

「この動画、見た?」。 現在も練習拠点とする筑波大(茨城県つくば市)。その研究室の一隅で、海外選手たちの跳躍動画に見入りながら、後輩にこう尋ねた。

当時、同じ研究室に所属した元走り高跳び選手の平龍彦さん(28)は「2人とも走り高跳びオタクなので、話しだしたら2時間話すこともよくあった」と振り返る。

2人でインターネットで徹底的に動画を探した。英語で検索できる動画を見尽くすと、戸辺は次にドイツ語を入力した。いったい、いくつの言語で検索しただろうか。「世界にもう見ていない動画はないのではないか」と平さんは語る。

ツイッターのプロフィル欄に「Ph.D.holder(博士号取得者)」と自ら記す。博士論文のタイトルは「走高跳のパフォーマンス獲得に関わる技術要因の検討」。

第一線の競技者でありながら、研究者でもある比類なきアスリートだ。心に決めているのは「エビデンス(科学的根拠)ベース」のトレーニング。かつて師事した図子浩二コーチ(ずし・こうじ、2016年死去)の教えだ。練習の一つ一つにエビデンスを持たせ、突き詰める。

海外遠征など多忙な日々を送るが、決して手を抜かない。研究室で時間をともにする筑波大の吉田拓矢特任助教は「普通、数日で終わらないような作業がいつの間にか終わっている」と驚きを隠さない。短期集中。効率性を追及する姿勢は研究でも変わらない。

2019年2月、ドイツの室内競技会で、13年ぶりに日本記録を塗り替える2メートル35センチを跳んだ。博士論文の最終審査が終わった直後だった。

執筆作業が多忙を極める中、トレーニングをしていたという。「うまくいかないことはどうしたら解決できるか」。そう考えながら。戸辺の中で、競技の練磨と学問の探究は表裏一体だった。

この日、戸辺は日本人が長らく到達しえなかった五輪決勝の舞台を跳んだ。飽くなき探究心に支えられた快挙だったといえる。(石原颯)

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