「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記

短期集中連載『闘将が虎を抱きしめた夜』矢野の死球骨折…そして親友の懐から金本を〝盗んだ〟

ベンチから檄をとばす阪神・星野仙一監督(中央)。右は島野育夫コーチ =2002年
ベンチから檄をとばす阪神・星野仙一監督(中央)。右は島野育夫コーチ =2002年

今ここで、再び闘将・星野仙一を語りたい-。東京五輪が開幕し、日本選手の大活躍に日々、列島が興奮している。一方、前半戦を貯金15で首位ターンの矢野阪神は8月13日の後半戦スタート(広島3連戦=京セラ)に向けてエキシビションマッチで調整中だ。もう20年前の2001年オフ、低迷する老舗球団に乗り込んだ星野仙一監督は「目をつり上げて、火の玉のごとく戦えるような人間を育ててみたい」と選手たちにファイティングスピリットを注入しようとした。しかし、長期低迷の〝病巣〟は予想をはるかに超える難敵で…。その後の19シーズンで5位以下はわずか2回というチームの構築はまさに「ローマは一日にして成らず」だった。短期集中連載『闘将が虎を抱きしめた夜』の第4話は「矢野の死球骨折…。そして親友の懐から金本を〝盗んだ〟」-。

阪神を知れば知るほどの組閣

金びょうぶの前で闘将は久万俊二郎オーナー、野崎勝義球団社長と手を合わせ、それまでの15シーズンで最下位10度、Aクラス入りはわずか一度(1992年の2位)だけ…という暗黒の虎の再建を誓った。時は2001年12月18日。場所は超極秘の招聘(しょうへい)交渉(11月7日)の舞台だった大阪・梅田のリッツカールトンホテル大阪だった。

闘将が「来年、1年だけは島ちゃん(02年の中日2軍監督就任が発表されていた島野育夫氏)が阪神監督をやり、再来年からワシが乗り込む」と言い、久万オーナーが「島野監督と言われても…」と拒絶して、一度は破談となった因縁の場所で、紆余曲折(うよきょくせつ)の末に両者の赤い糸は結ばれた。

「選手も一年一年(が勝負)。監督も1年勝負や」と星野さんは阪神側から提示された長期契約を固辞。1年契約で低迷にあえぐチームの浮上を約束した。

注目されたのは、組閣と補強策だった。コーチ陣には中日監督時代から「日本一の名参謀や」と評価する島野氏を作戦参謀として招聘した。すでに来季の2軍監督を発表していた中日には久万オーナーから頭を下げてもらい、半ば〝強奪〟する形で招いた。

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