極限の重圧の中でもベテランは動じなかった。サングラス越し、70メートル先にある直径122センチの標的。「自分の力を出し切ることに集中した」と、メダルを決める最終第5セットのラストショットは見事に10点を射抜いた。
31日、アーチェリー男子個人に出場した古川高晴(36)は3位決定戦で勝利し、銅メダルを獲得した。2004年アテネ大会から5大会連続で日の丸を背負い、2012年ロンドン五輪個人銀、今大会の男子団体銅に続き、自身3個目のメダル。初めて父として迎えた今大会は、特別な思いで臨んでいた。
青森東高から近畿大学に進学。40年以上にわたり同大洋弓部の監督を務め、古川を指導した山田秀明さん(70)によると、古川は大学時代、1、2年時に多くの授業の単位を取り、3、4年時に練習時間をより多く取るように工夫していた。
練習メニューは分刻みのスケジュールを作った。「人と同じ時間でどう質を高めるか。中身を変えて、倍練習できるようにしていた」と山田さんは振り返る。その貪欲さと緻密さは今も健在だ。近大職員として働くかたわら、1日に400本以上の矢を打つ豊富な練習量を誇る。
だが、「経験を積んだ分、負けや失敗の怖さも知っている」と話す36歳にとっても、コロナ禍での五輪への道は平坦(へいたん)ではなかった。弓を使った練習ができない時期もあり、苦しい日々を送った。
古川は「焦りにつながらないようにできることをやる」と、この期間、信頼を寄せる近畿大の金清泰(キム・チョンテ)コーチ(41)に動画を送り、助言を受けるなどした。ベテランらしく、じっくり自身のアーチェリーと向き合ってきた。
平成30年に結婚し、今年2月に第1子となる長男が誕生。妻から送られてくる息子の写真が厳しい練習をこなす原動力になった。
「お父さんは東京五輪でこんな活躍をしたんだよ、と後からでもわかってくれたらいい。いいところを見せてあげたい」
その言葉通り、家族にささげる銅メダルが胸元で輝いた。(塔野岡剛、鈴木俊輔)