「可能性まだゼロじゃない」男子バスケ主将 渡辺雄太

スペイン戦でドリブルで攻め込む渡辺雄太=26日、さいたまスーパーアリーナ(桐山弘太撮影)
スペイン戦でドリブルで攻め込む渡辺雄太=26日、さいたまスーパーアリーナ(桐山弘太撮影)

45年ぶりに五輪出場を果たし、強豪を相手に奮闘するバスケットボール男子日本代表。八村塁(23)=ウィザーズ=とともにチームを牽引(けんいん)するのが、主将の渡辺雄太(26)=ラプターズ=だ。ともに元実業団選手の両親から授かった恵まれた肉体とたゆまぬ努力で、日本人2人目の米プロNBAプレーヤーに。1次リーグはここまで2連敗と苦しい戦いが続くが、「切り替えて、自分たちがやらないといけないことに集中したい」。8月1日のアルゼンチン戦に全てを懸ける。

香川県三木町出身。小学2年の頃、NBAレーカーズのスーパースター、コービー・ブライアントのプレーに目を輝かせ「ここに立ちたい」と口にした。「テレビやゲームで時間を使っていたら、あんな選手にはなれないぜ」。父、英幸さん(62)の言葉にうなずき、バスケ漬けの日々がスタート。午前5時に起床し、通学前に1時間の早朝練習をした。

息子のやる気を認めた父は、バスケのゴールを買い、近所の空き地を〝特訓場〟にした。シュート練習は本人が納得するまで延々と続き、千本成功するまで終わらなかった日も。趣味のゴルフを控え、「うまくなりたい」と必死に食らいついてくる息子に黙って付き合った。

中学時代の渡辺は「体が細く、大した選手ではなかった」という。英幸さんは190センチ、元女子日本代表の母、久美さん(59)は177センチ。今でこそ2メートル6センチの上背を誇る渡辺だが、中3の夏の時点では178センチと目立った長身ではなかった。だが、そこから急激に成長。高校入学時にはほぼ190センチに達した。

香川・尽誠学園高2年時の全国高校選手権で準優勝し、一躍脚光を浴びた渡辺。「日本でやっていてはだめだ。米国に挑戦したらどうか」。他校の米国人コーチがそう促すほどの実力と将来性があった。

進級を目前に控えた高2の3月、息子は「米国に行きたい」と突然打ち明けた。進路をめぐって開かれた家族会議。真剣なまなざしで思いの丈をぶつける姿に「より高いところに挑戦したい気持ちが伝わってきた」と英幸さんは言う。留学を認めるにあたって一つだけ条件をつけた。「勉強がいやになったとか生活がつらいとかいう理由で帰ってきても、絶対に家には入れない。約束してくれ」。覚悟を決めた息子は卒業後に異国の地へ向かった。

渡辺が小学生時代に所属した地元のスポーツ少年団「三木トラスターズ」は、指導者として携わっていた英幸さんが名付け親だ。「自分を信じろ、練習を信じろ、仲間を信じろ、コーチを信じろ」。そんな思いが込められている。

今大会、渡辺はベンチに下がっている間も懸命にプレーする仲間をコート脇から鼓舞し続ける。「すごくおとなしくて、まじめだった」少年がたくましく成長した姿に、英幸さんは「今の姿は米国の環境で培われたもの」と目を細める。

NBAを夢に抱いてから約20年。自分を信じ、そして練習と仲間、コーチを信じて歩み続けた。「(1次リーグ突破の)可能性はまだゼロじゃない。1点でも勝てるように集中して、全てをぶつけないといけない」と渡辺。日本の勝利を信じ、次の一戦に臨む。(和田基宏)