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アートににじむ光と影 犬島(岡山市)

犬島の集落では石が多用されている。かつては多くの石の職人らが島を訪れ、にぎわいの様子は「築港千軒」と呼ばれたという
犬島の集落では石が多用されている。かつては多くの石の職人らが島を訪れ、にぎわいの様子は「築港千軒」と呼ばれたという

岡山市唯一の有人島である犬島(いぬじま)は、瀬戸内国際芸術祭(瀬戸芸)の舞台でもある〝アートの島〟の一つだ。

周囲約4キロの小さな島で、同市の宝伝(ほうでん)港から船で10分の距離に位置する。島に近づくと、空へのびる、れんが色の煙突が数本見える。近代化産業遺産である銅製錬所の遺構を再生した犬島精錬所美術館だ。

犬島は古くから良質な花崗(かこう)岩の産地で、明治期に採石業のピークを迎える。一方、明治42年には銅の製錬が始まり、島は近代化の波に乗って繁栄。大正8年に製錬所が閉鎖すると、昭和期は化学工場が建設されて現在に至る。

工業地として栄えた犬島だが、近代化の代償は大きかった。製錬時に発生する亜硫酸ガスなどの影響で土壌は汚染され、島は〝はげ山〟となった。戦後にヤシャブシという煙害に強い木が植えられ、森林回復に長い歳月を要した。

 島内には採石場跡地の池がいくつもある
島内には採石場跡地の池がいくつもある

島内には採石場跡に雨水などがたまった池がいくつもあるが、そこに島外から出た廃棄物が投棄される計画が持ち上がり、島民の健康と暮らしを脅かしかねない状況にも陥った。

そうした中、福武總一郎氏(公益財団法人福武財団理事長)は、近代化の負の遺産を抱える犬島に注目し、「現代社会に一石を投じたい」と製錬所の廃虚を買い取った。犬島アートプロジェクトが胎動し、平成20年、アーティストの柳幸典氏と建築家の三分一(さんぶいち)博志氏の力で、かつての製錬所は犬島精錬所美術館へと姿を変えた。

煙突など当時のまま使えるものは生かし、海に廃棄された石やカラミれんが(銅の精製に伴って生じる廃棄物から作られたもの)も利用した。運営する財団は「弱者の立場を考えるきっかけを与え、『あるものを生かし、ないものを作る』を信条としている」と話す。