悔し涙の「銅」 伊藤美誠、型破りで挑んだ中国の壁

女子シングルス3位決定戦でシンガポールのユ・モンユと対戦する伊藤美誠=東京体育館
女子シングルス3位決定戦でシンガポールのユ・モンユと対戦する伊藤美誠=東京体育館

東京五輪で29日、日本女子史上初となる卓球シングルスのメダルを獲得した瞬間、伊藤美誠(20)に笑顔はなかった。「勝ったことはうれしいが、正直悔しい気持ちの方が大きい」。3位決定戦を制したが、準決勝では中国選手に完敗。潤んだ目について問われると、「悔し涙です」と言い切った。

卓球選手だった母の指導のもと、2歳で競技を始めた。4歳になると、地元・静岡県磐田市の卓球クラブ「豊田町卓球スポーツ少年団」に入団。10歳2カ月で出場した全日本選手権で史上最年少勝利を挙げた。

才能の塊は、どう成長していくのか。注目が集まる中、中学進学時に練習拠点に選んだのが、当時の日本代表監督らが立ち上げた私塾「関西卓球アカデミー」(大阪市北区)だった。

世界と戦える選手を育てるため、卓球に打ち込める環境を-。そんなコンセプトのアカデミーで、自由奔放で型破りな伊藤は異質な存在だった。

ラリー練習は決まったコースに打ち続けるのが暗黙のルールだが、伊藤はお構いなく、実戦さながらに狙ったコースに強打を打ち込んだ。笑みを浮かべて練習する姿にも、一部で批判の声が上がった。

「戸惑った」。当時ヘッドコーチを務めていた大内征夫さん(79)も最初は驚きを隠せなかったが、次第に伊藤が自分なりに考え、努力していることに気づいた。「これが美誠なんだ」。言いたいことを飲み込み、一切怒らず、プレーも制約せず、思うがままに練習させた。結果、伊藤の才能は開花。大内さんは言う。「今考えると、そのままやらせてよかった」

団体銅に貢献した2016年リオデジャネイロ五輪後には、フットワークを徹底的に強化。それでも、伊藤の卓球の神髄は、我流を貫いてきたことによる意外性にある。「教えられない、まねもできない卓球」(大内さん)はひとえに、五輪の金メダルをほぼ独占してきた中国の高い壁を超えるためのものだった。

だからこそ、準決勝で同い年の中国選手に敗れたショックは大きかった。「やってることは悪くはなかったんですけど。すごい悔しい」。気持ちを必死に切り替え、3位決定戦は逆転で勝利をつかんだ。

「大魔王」。中国でこう恐れられる日本のエースが雪辱を期すのは、残る団体戦。自国開催の五輪でさらなる歴史をつくるつもりだ。(西山瑞穂)

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