上野「最後の最後まで思い込めた」 ソフト日本「金」会見

優勝から一夜明け、会見に臨むソフトボール日本代表の選手ら。前列左から、後藤希友、上野由岐子、山田恵里=28日午前、東京都内の選手団会見場(代表撮影)
優勝から一夜明け、会見に臨むソフトボール日本代表の選手ら。前列左から、後藤希友、上野由岐子、山田恵里=28日午前、東京都内の選手団会見場(代表撮影)

ソフトボール日本は28日、悲願の五輪2連覇を果たした米国との決勝から一夜明け、記者会見を行った。宇津木麗華監督は「素晴らしい選手のもとで、指導ができて感謝しかない」と喜びを語り、エースの上野由阜子は「最後の最後まで思いを込めて投げた」と振り返った。

主なやりとりは以下の通り。

宇津木「応援ありがとうございました。(金メダルは)朝になって実感した。無事に優勝できてよかった。5年前から全日本の監督を任せていただいて、5年間の準備を選手、スタッフ、ソフト界のみなさんが努力してきた結果と思う。素晴らしい選手のもとで、指導ができて感謝しかないです。本当に最高の(監督)人生を送れた。選手のみなさんに感謝の気持ちがいっぱいです」

山田恵里「本当たくさんの方々に応援していただき、支えられて、金メダルが取ることができました。この東京五輪は恩返しの五輪にしたいという思いが強く、金メダルという形で恩返しできてよかった。ソフトボール競技は次の五輪種目から外されてしまうが、その次で復活できるよう、今回で終わらせることなく、ソフトボールをもっともっと盛り上げていきたい」

上野由岐子「ここにいる選手、スタッフが力合わせた結果を金メダルで終わらせたことができたことを心から嬉しく思う。一夜明けて、本当に金メダルが取れたんだという実感でいっぱいです」

質疑応答

――清原選手は表彰式で、上野投手から金メダルかけられた

清原奈侑「昨日の表彰式で、上野さんという大投手からメダルをかけてもらい、うれしかった。今大会では出場機会はあまりなかったが、チームのために自分自身が盛り上げながら、マウンドにつないでいくのが仕事だと思い、やっていた。その結果がいろんな形で金メダルにつながったことはよかった」

――この東京五輪、どんな大会だったか

上野「開幕が福島という復興五輪で、いろんな思いを背負って、全競技の開幕で大きな注目を浴びる中でスタートした五輪でした。13年間の思いを一球一球に込めて、福島の地に思いを置いていくことができた。横浜スタジアムでも、最後の最後まで思いを込めて投げることができた五輪だった」

後藤希友「今回初めて五輪を経験した。私自身、素晴らしい経験をたくさんの試合で積ませていただき、一球一球全力で投げていたが、すごく楽しかったという思いが強いです」

山田「今回の五輪は、自国開催ということもあり、前回の北京五輪では金メダルを取っていたので、『次も金メダルを取るだろう』という中で、すごく重みがある大会だった。五輪を迎えるまでに、苦しい、つらい思いの方が多かった。それを乗り越えたからこそ、こういう結果になった。大きなプレッシャーがあったからこそ、達成感もあった。こういう状況の中で開催をしていただいて、ソフトボール競技を応援してくれる人の希望の光になりたいとやってきた。少しは、その力になれたんじゃないかと思う」

――上野投手にうかがう。今回の大会の金メダルの意味は。憧れる米国のミッシェル・スミス選手は41歳まで現役だったが、1つの集大成を迎えて今後については

上野「今回はすごく達成感がある金メダル。今後の進退については、尊敬しているミッシェル・スミス投手のように長く、投手として、選手として投げ続けていきたい思いもあるが、今後ははっきりと考えていません」

――福島でも試合が開催され、復興五輪という意味もある大会だった

宇津木「5年前にソフトボール競技が東京五輪に入ると決まり、そこからスタートした。ソフトボールが、どこの競技より最初にやるので、必ず勝って日本の力を与える良いスタートにしたかった。ソフト界において、福島の人にはいろんな意味で面倒をみていただいたので、なんとか力になりたかった。我々は、ソフトボールでしか表現できないので、なんとか表現して、もっともっと福島のみなさんが元気になって、ポジティブに明日を見てほしいとやってきた。福島で2勝できて、本当に安心した」

山田「今回の五輪は、見ている方々の希望の光になりたいという思いでやっていた。どれだけその力になれたか分からないが、少しは貢献できたのではないかと思う」

――決勝は、後藤投手ではなく、上野投手が締めた。ねらいは

宇津木「今回は私自身、指導者になった時に、とにかく2連覇という目標をいただいた。今回は3人のピッチャーを選考した。正直に言うと、後藤投手がここまで活躍するとは思っていなかった。最初から彼女の精神力が強いので、なんとかしてくれるんじゃないかと、そこに賭けてきた。最後(の決勝)は、山路(典子)コーチと峰(幸代)捕手と話した中で、後藤投手は投げたボールが真ん中にいき、清原選手もいつも通りではないと聞いていた。上野は、最終的な精神力は誰よりも強い。そこを山路コーチに確認して「大丈夫ですよ」と言われ、本当に迷いなく、確実に勝つパターンを選んだ。サードのライナーを見て、米国が(後藤投手の)ボールに慣れていると思い、替えた。勝つことが一番だった」

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