ソフトボール〝3世代〟投手陣で頂点 エースの背中追った13年

【東京五輪2020 ソフトボール 決勝】〈アメリカ対日本〉6回 上野由岐子と交代した後藤希友=27日、横浜スタジアム(納冨康撮影)
【東京五輪2020 ソフトボール 決勝】〈アメリカ対日本〉6回 上野由岐子と交代した後藤希友=27日、横浜スタジアム(納冨康撮影)

東京五輪のソフトボールで日本は27日、再び米国との頂上決戦を制した。2008年北京五輪から13年。連覇を果たした原動力は、エース・上野由岐子(39)と、その熱投に感化された後輩2人の〝3世代〟投手陣だった。

決勝の大舞台。2点リードの六回裏、無失点投球を続けていた上野が先頭打者の出塁を許すと、マウンドを19歳年下のサウスポー、後藤希友(みう)(20)に譲った。後藤は長い髪をなびかせ、跳ねるように速球を投げ込んで無失点。最終回に再び登板して無失点に抑えた上野は、歓喜の輪の中で後藤を見つけ、ねぎらうように頭を2度たたいた。

後藤は名古屋市出身。ピアノに夢中だった小学生がソフトボールを始めたきっかけは、テレビで見た北京の熱戦だ。地元中学では部員が試合に必要な9人に足りず、捕手がいない時期も。教諭だった住田茂さん(67)と〝二人三脚〟で速球だけを磨き、愛知県選抜チームの主力として全国制覇を果たした。

進学した東海学園高(同市)では徹底的に体力を強化。地道なトレーニングを嫌がる後藤に、当時の監督で上野の高校時代も知る望月孝雄さん(60)は「上野は暇さえあれば走っていたぞ」とはっぱをかけていたという。

速球を武器に、今大会は一躍、日本の秘密兵器に。日本代表の宇津木麗華(うつぎ・れいか)監督(58)も「昔の上野に見えてきた。日本を背負う投手にしたい」と興奮を隠さない。

上野と後藤の間の世代に当たるのは藤田倭(やまと)(30)だ。長崎県佐世保市の公立中学で指導した古立真仁(ふるたて・まさと)教諭(48)によると、無名だった藤田が宇津木監督の目に留まったのは中2の頃。「この子の指導者はどなたですか」。県内の中学生らを集めたソフトボール教室で宇津木監督が突然声を上げ、古立さんに「いいピッチャーになりますよ」と話したという。

自国開催の五輪では2試合に先発。重圧を和らげてくれたのは、やはり上野だった。「上野さんはすごいな、かっこいいなと思う瞬間がありました」

追い続けた上野の背中の大きさを改めてかみしめた藤田。自身も決勝で先制のホームを踏むと、リードを広げる適時打も放ち、「打」で上野を後押しした。

年齢を超えた3世代で引き寄せた東京五輪の金メダル。ソフトボールは2024年パリ大会で再び実施種目から外れることが決まっているが、選手たちはそれでも前を向かなければならない。上野に続く若い2人の活躍は、次世代の扉を開く一歩となる。(西山瑞穂)

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