東京から東京へ 体操ニッポンの伝統「ナショナルナンバー」の誇り

「162」があしらわれたジャージを着る内村航平。ナショナル選手のジャージーなどには、それぞれのナンバーが入る=2018年3月、成田空港(宝田将志撮影)
「162」があしらわれたジャージを着る内村航平。ナショナル選手のジャージーなどには、それぞれのナンバーが入る=2018年3月、成田空港(宝田将志撮影)

26日に行われた体操男子団体総合決勝で日本は6種目合計262・397点で銀メダルを獲得した。2連覇はならなかったが、5大会連続の表彰台。世界のトップレベルを維持し続ける日本の体操界には独特の伝統がある。歴代の強化指定選手に通し番号を付与する「ナショナルナンバー」制度だ。一度、ナショナルナンバーが決まると、数字が変わることも、取り消されることもない。唯一無二の自分の番号に、多くの選手が体操ニッポンの歴史を担う誇りを感じている。

日本協会関係者によると、ナショナルナンバー制度が発案された詳しい経緯は不明だが、日本人最多13個の五輪メダルを獲得した小野喬が1964年東京五輪を最後に引退したことがきっかけだったとされる。同五輪で日本人初の個人総合制覇を成し遂げ、現役だった遠藤幸雄が「1」となった。

現在は、個人総合で争う全日本選手権12位以内、全日本種目別選手権優勝などの成績を残すと、日本協会の強化指定「ナショナル選手」に選ばれる。初めて選ばれたとき、若い番号から順にナショナルナンバーが割り当てられる。国際舞台で戦うべきレベルに成長した証しと言ってもいいだろう。

歴代のナショナル選手は日本協会が男女別にホームページで公開しており、男子では、日本人最多8個の五輪金メダルを持つ加藤沢男が「18」、ムーンサルトを開発した塚原光男は「21」、84年ロサンゼルス五輪2冠の具志堅幸司は「48」、2004年アテネ五輪団体総合金メダルの冨田洋之は「136」などと、そうそうたるメンバーが並ぶ。

今回の東京五輪代表では内村航平(ジョイカル)が2006年に「162」に決まったのが最も早い。8月1日の種目別あん馬決勝に進んだ亀山耕平(徳洲会)が「190」。団体総合銀メダルメンバーである萱和磨(かやかずま)(セントラルスポーツ)と谷川航(わたる)(同)の1996年生まれコンビは「196」「197」。7月28日の個人総合決勝に出場する19歳の橋本大輝(順大)は「212」、チーム最年少18歳の北園丈琉(たける)(徳洲会)が「219」だ。

北園はナショナル選手の一覧を見て、「すごいですよね。つないできていて。その1人になれたことはうれしかった」、橋本は「番号をもらったときはうれしかったけど、そこは通過点。日本代表として戦っていく誇りを持ってやっていかないといけない」と気を引き締める。個人総合決勝では、体操として通算100個目のメダル獲得が期待される。

前回の東京五輪後から始まり、2度目の東京五輪まで半世紀以上続いてきたナショナルの系譜。名誉と責任を胸に、現役選手は自分たちの時代を刻んでいく。(宝田将志)

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