千葉・一宮に新たな歴史 サーフィン開催地、子供たちの記憶に

決勝に進出した日本代表の五十嵐カノアらを一目見ようと、会場周辺には100人以上が集まった=27日午後4時すぎ、千葉県一宮町(長橋和之撮影)
決勝に進出した日本代表の五十嵐カノアらを一目見ようと、会場周辺には100人以上が集まった=27日午後4時すぎ、千葉県一宮町(長橋和之撮影)

千葉県一宮町の釣ケ崎海岸で開催された東京五輪サーフィン競技は27日、3日目を迎えた。台風8号接近の影響を考慮し、男女の決勝などが一日前倒しで行われ、五輪史上初の競技の全日程が終わった。日本代表男女からそれぞれメダリストが誕生し、外房のサーフポイントに新たな歴史が確かに刻まれた。馬淵昌也町長は「実際に開催地となったという事実が確定し、町の歴史上画期的だ」と総括した。

この日の準々決勝に臨んだ町出身の大原洋人(24)は、金メダルを獲得したブラジルの選手に敗れ、先に進めなかった。「応援してくれている人のために頑張りたい思いがあった」。こう悔しがった。

釣ケ崎海岸での五輪招致に向け、自分と一緒に多くの地元の人が頑張ってくれた。その一人が、町サーフィン業組合の鵜沢清永(きよひさ)組合長(45)だ。鵜沢さんは「洋人はサーフィンを盛り上げる活動にも取り組んでくれ、大変だったと思う。お疲れさまでした」。鵜沢さんはこの3日間の競技にとどまらない大原の貢献に感謝した。馬淵町長も「大原選手のベスト8入りは、一宮町のサーフィン文化のレベルの高さを世界に示した」と評した。

天候が回復し、晴れ間も見られた午後3時45分ごろから男子決勝が行われた。日本代表の五十嵐カノア(23)の進出で、会場付近の海岸には100人以上の人々が集まり、技が決まると歓声が上がった。五十嵐も大原を下したブラジル選手に敗れ銀メダルとなったが、フェンス越しで観戦していた人たちから惜しみない拍手が送られた。

五輪史上初のサーフィン競技の舞台になり、「一宮町」「釣ケ崎海岸」の名前は世界に知れ渡った。馬淵町長は「上がった知名度を生かし、この記憶を町の暮らしの維持・増進につなげてゆくかということ」を今後の課題にあげる。

五輪は、サーフィンに取り組む子供たちの記憶にも確実に残った。男子決勝を会場近くの海岸から見つめていた町立東浪見小6年の強矢(すねや)凛太郎君(11)は、4才でサーフィンを始め、3年前に「上達のためにいろいろな波に乗れる一宮でサーフィンがしたい」と父親に直訴し、神奈川県藤沢市から移住してきた。強矢君はプロサーファーを目指している。強矢君にとって大原は憧れの存在だ。その大原が五輪で活躍した。「僕もそうならなくちゃいけない」。強矢君は力強く話した。(長橋和之)