柔道・大野 己に課した「礼」の流儀

【東京五輪2020 柔道】男子73kg級準々決勝。アゼルバイジャン選手から一本を取る大野将平=26日、日本武道館(納冨康撮影)
【東京五輪2020 柔道】男子73kg級準々決勝。アゼルバイジャン選手から一本を取る大野将平=26日、日本武道館(納冨康撮影)

9分26秒に及んだ決勝戦を制すると、相手選手に深く、頭(こうべ)を垂れた。柔道男子73キロ級で2大会連続金メダルの偉業を成し遂げた直後、大野将平(29)に笑顔はなかった。厳しさをうかがわせる、力強いまなざし。伝統武道が「JUDO」となってなお、その神髄を支えるのは、己に課した「礼」の流儀に他ならない。

26日の決勝戦。渾身(こんしん)の支え釣り込み足で、ジョージアのシャフダトゥアシビリ(29)から勝利をもぎ取った。その瞬間も表情を変えることはなかった。「この景色を焼き付けていこう」。ふっと息をつき、天を仰いだ。

「勝っても、負けても泣く子だった」。母の文子さんがこう振り返る柔道少年は、ある時を境に変わる。

東京・世田谷の柔道私塾「講道学舎」。6年前に閉塾した道場で、指導者の持田治也(はるや)さん(56)は中学生の大野に何度も語り聞かせた試合があった。

教え子の泉浩さん(39)=2004年アテネ五輪銀=が初優勝した05年世界選手権決勝。持田さんの心を打ったのは、勝者ではなく、敗者の姿だ。試合を終えると泉さんに駆け寄り、その腕を取り勝利をたたえた。持田さんは問いかけた。「敗れたとき、そんな行動ができるだろうか」

悔しくないはずがない。それでも、己を制する。柔の「道」であるゆえんに、大野は「衝撃を受けたようだった」(文子さん)。

やがて、身をもって知る。団体戦の主将として臨んだ高校3年のインターハイ東京都予選。絞め技で一本勝ちを決めた。そう思った。だが、試合は続行。結果は引き分けに終わり、敗退。持田さんに抱えきれない悔しさを打ち明けた。「どうしても、気持ちを消化できません」

もちろん、勝利は強さの証明だ。だが、それだけでは「道」を極められない。

この日の決勝。自宅のテレビで応援した持田さんは「あのたたずまいこそ、われわれが追究してきたものだ。よく我慢して慎重に勝負に徹し、チャンピオンとしての役割を果たした」と目を細めた。

頂点に立った16年リオデジャネイロ大会。礼に始まり、礼に終わった大野の柔道は、道徳教科書(光村図書出版)にも記された。

「自分を倒す稽古を継続していきたい」。どこまでも己に厳しく、美しい柔道が、再び世界を魅了した。(細田裕也、花輪理徳)

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