朝晴れエッセー

お弁当・7月26日

結婚してからは、弁当男子になった。

初めは、質より量だけを重視した。しかし、このごろは塩分に気を付けている。

中学から高校までは、母が毎日弁当を作ってくれた。中学3年間と高校3年間の合計6年間の弁当は、毎日同じおかずでした。

さすがに、飽きた。ハッキリ言って嫌で仕方なかった。でも、母には言えなかった。

たまに、その食材を切らしたときがあった。そんなときには、弁当のおかずが夕食の残り物になっていた。

「残り物で、すまないねえ」と母は申し訳なさそうでした。でも愚息は、いつもと違うおかずに喜んだものでした。

成人してから、母に聞いたことがある。「どうして、毎日同じおかずだったのか」と。

「子供のときに初めて食べて『おいしい。毎日作って』と言ったから」と教えてくれた。

そのような記憶は、まったくない。

6年間もイヤイヤ食べていた弁当に、申し訳ない気持ちになった。海より深い母の愛によって、生きてきたことを初めて知った。

弁当箱に入っているのは、食材だけではない。ごはん以外のもので満たされている、とまで言える。

母の弁当には及ばないが、弁当「老」男子は、今朝も台所に立ち続けます。


富井湧吉(ゆうきち)(61) 大阪府八尾市

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