戦地からの絵手紙など紹介 福岡・嘉麻市の織田廣喜美術館(1/2ページ) - 産経ニュース

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戦地からの絵手紙など紹介 福岡・嘉麻市の織田廣喜美術館

伊藤半次さんの絵手紙と孫の博文さん
伊藤半次さんの絵手紙と孫の博文さん

先の大戦で満州(現中国東北部)に出征し、戦地から家族や婚約者に絵手紙を送り続けた2人の兵士がいた。「生き抜いて平穏な日常に戻りたい」と願いながらも果たせず、絵手紙は遺品となった。悲惨な戦争の記憶を風化させないための企画展「満州・沖縄 戦地から思いを込めて」が福岡県嘉麻市の市立織田廣喜美術館で開催され、大切な人への愛と希望にあふれた2人の絵手紙や書簡を紹介している。8月29日まで。

最後に「マッテイテ」

2人の兵士は、福岡・中洲の提灯(ちょうちん)店職人だった伊藤半次さんと、滋賀県に婚約者を残していた堀田熊雄さん。ともに満州に出征したが、伊藤さんは沖縄へ転戦し、激しい攻防戦の中で戦死。堀田さんは満州から南方に艦船で向かう途中、撃沈されて戦死した。

伊藤さんは昭和16年に召集され、妻と3人の子供、義母を残して満州へ。現地では提灯の絵付けで学んだ日本画の技術を生かし、軍隊生活や妻子との思い出などを絵手紙にしたため、家族に送り続けた。20年6月に32歳で戦死するまでに送った便りは約400通。このうち約100通は絵手紙だった。手紙は福岡空襲で店舗が全焼しながらも妻が守り抜き、現在は孫の博文さん(52)(福岡市早良区)が引き継いでいる。

満州では野戦重砲兵第23連隊に所属し、国境警備に就いた。「伝染病が流行し出したので外出禁止。子供たちにもよく注意するよう」などと、現地の様子を伝える一方で家族の健康を気遣う文面が多い。妻から送ったものも多かったとみられ、「郷土の香りに酔いました」と、家族に希望を失わせないよう、明るくユーモラスな表現ながらも望郷の念をにじませている。

 「草木も燃える猛暑と共に夜は大嫌いな蚊が攻めてくる」と現地の様子を伝える絵手紙
「草木も燃える猛暑と共に夜は大嫌いな蚊が攻めてくる」と現地の様子を伝える絵手紙


だが約3年間の満州暮らしを経て、部隊が沖縄へ転戦すると戦況は一変。福岡に届いた手紙は3通だけで、いずれも絵手紙ではなく絵はがきだった。「(次の便りを)マッテイテチョーダイ」。19年11月25日の日付で、幼い博文さんの父宛てに送ってきたのが最後の便りとなった。

婚約者を残して出征

一方、堀田さんの便りは、広島県府中町の谷田悦子さん(92)が保管してきた。谷田さんは8歳上の姉が堀田さんの婚約者だった。女学生だった谷田さんは慰問袋を堀田さんに送ったのがきっかっけで、時々手紙をやり取りした。堀田さんは婚約者にはミカン箱いっぱいの便りを送ってきていたという。絵手紙のほか、便箋(びんせん)6枚に書いた「花に成った天使」と題した自作童話も送ってきた。3人の天使が登場する内容で、谷田さんは「天使は私たち姉妹のことだと思う。優しく才能のある人だった」と振り返っている。