勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(277)

山沖颯爽! 期待応えた プロ初登板・初セーブ

プロ初登板で初セーブを挙げ、ファンの声援に応える阪急・山沖之彦投手
プロ初登板で初セーブを挙げ、ファンの声援に応える阪急・山沖之彦投手

■勇者の物語(276 )

昭和57年シーズンが開幕。上田監督復帰2年目である。この年、西宮球場が新装された。センターバックスクリーンに超大型〝アストロビジョン〟が完成。これを売り物に観客100万人動員を目指した。

阪急の先発は山田。だが、4月3日の開幕戦が雨天中止。これがエースのリズムを微妙に狂わせた。

◇開幕戦 4月4日 西宮球場

近鉄 003 000 300=6

阪急 050 200 00×=7

(勝)山田1勝

〔敗〕柳田1敗

(S)山沖1S

(本)加藤英①(柳田)羽田①②(山田)

試合は阪急が二回、簑田の右中間三塁打や加藤英の1号2ランなど、打者10人の猛攻で一挙5点。だが、山田のリズムは狂ったまま。右手人さし指に血豆を作り、五回まで先頭打者にはすべて四球。7回⅓を投げ3安打9四死球。三、七回に羽田に3ランを2本打たれて6失点でマウンドを降りた。

7―6の1点リードの八回、2番手・宮本が1死一、二塁のピンチを作った。ベンチから上田監督が出てくる。「投手交代!」。なんと、ルーキー山沖がマウンドに上がった。上田監督はベンチに戻る際、捕手の中沢に小声でつぶやいた。

「伸二よ、山沖がここで成功するかせんかは、今年のウチのペナントレースを左右する。頼むで」

リリーフエースの関口が右ひじ痛で不在。阪急にはどうしても〝抑え〟が必要だったのである。山沖はベンチの期待に応えた。190センチを超える長身から投げ下ろす速球には威力があった。

平野を中飛、大石を左飛。九回には守備の乱れで1死一、二塁のピンチに立たされたが、ウルフ、梨田を連続空振り三振に切って取り、プロ初登板で初セーブを挙げた。

「こんなに簡単に初セーブをもらっていいんですかね。試合が終わったとき山田さんに『ナイスピッチや』といわれたのが一番うれしいです」

山沖之彦、34年7月26日生まれ。高知・中村高―専修大から56年のドラフト1位入団。阪急は報徳学園の金村義明を1位入札したが、近鉄との抽選に敗れ、山沖を〝外れ1位〟で指名した。

この年、山沖は7勝15敗1S。上田監督は負けても負けても、辛抱強く山沖を起用した。(敬称略)

■勇者の物語(278)