〝女イチロー〟山田、苦しんでサヨナラの一振り ソフト決勝へ

抱き合って喜ぶサヨナラ打の渥美(右)とホームを踏んだ山田
抱き合って喜ぶサヨナラ打の渥美(右)とホームを踏んだ山田

横浜市の横浜スタジアムで25日、行われた東京五輪ソフトボールの日本対カナダ戦。日本にとって勝てば銀メダル以上が確定する試合は、緊迫した投手戦となった。延長八回裏、1死満塁から試合を決めたのは、主将の山田恵里(37)が放った中前適時打だった。初戦から打撃の調子が上がらず苦しんできた主将はナインに囲まれ喜びを爆発させた。試合後は「もう一度、チームに貢献できるようなプレーをしたい」と決勝を見据えている。

「チャンスの場面で打順が回ってくる運を持っているし、それをものにするのはさすが」。山田の母校、神奈川県立厚木商業高校で、当時監督を務めた利根川勇さん(74)は、大役を果たした山田の活躍に目を細めた。

卓越したセンスで「女イチロー」とも呼ばれる山田は、高校時代から「ずば抜けていた」。中学時代は野球部で、男子の中でレギュラーをつかんでいた山田。全日本ジュニアの監督も務めた利根川さんも「足の速さ、肩の強さ、ボールへの反応は突出していた」と初めて山田のプレーを見たときから目を見張った。

課題は打撃だった。ソフトボールの投球は下手投げで、野球とは異なりボールが浮き上がるような軌道になる。山田はその違いに慣れるため努力を重ね、利根川さんは1年生からスタメンに抜擢(ばってき)した。

忘れられない思い出がある。2年生のとき、試合中に外野フライを捕球しようとしてフェンスに激突し、山田は鼻を骨折。病院で1週間は安静にするよう言われたが、翌日の朝練に姿を見せた。利根川さんは止めたが、それでも山田は「やれる範囲でやります」と放課後の練習にも参加。グラウンドも率先して整備していた。「グラウンドを離れれば仲間とじゃれあう普通の子だが、責任感とうまくなりたいという欲求が強かった」と振り返る。

13年ぶりの五輪で再び主将を務め、チームの中心選手として成長を重ねてきた山田だが、今大会では初戦から思うような打撃ができず、苦しんできた。25日のカナダ戦終了後、「ここまでなかなかチームに貢献できず、きょうを迎えるのが怖くて辛くて仕方なかった」との胸の内を明かしたが、打球が内野手の間を抜けた瞬間は「やっとチームの一員になれた気がした」と笑顔を見せた。

13年前の北京五輪も日本代表として一緒に戦ったエースの上野由岐子(39)も「やっぱり最後はヤマ(山田)が決めてくれて、やっぱりヤマだなって正直自分もうれしかった」と〝戦友〟をねぎらった。

金メダルを目指す山田の奮闘を見守る利根川さんは「一ファン」として、「ケガや体調を崩すことなく、頑張ってほしい」と期待している。(塔野岡剛、田中一毅)

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