地附山災害から36年 公園で次代に伝える地滑りの怖さ

防災教育のため地滑り跡を生かして整備された地附山公園=長野市(原田成樹撮影)
防災教育のため地滑り跡を生かして整備された地附山公園=長野市(原田成樹撮影)

昭和60年に発生し、老人ホーム入居者26人の命を奪った長野市の地附山(じづきやま)地滑り災害から26日で36年を迎える。市内では同じ地層の延長にある篠ノ井で6日に地滑りが発生し、隣接する国道19号で現在も片側交互通行が続く。梅雨は開けたものの、台風シーズン到来でリスクは高まる。地附山の現場は、市の「防災メモリアル地附山公園」として整備され、壮絶な痕跡を今も伝えている。

土日は解説も

地附山の地滑りは昭和60年7月26日の午後5時過ぎに、斜面が一気に流れて麓側の家屋を壊すとともに、老人ホームを押しつぶし、入居者26人が犠牲になった。

公園内には観測センターが設置されており、土日や祝日には屋内で解説員がパネルなどを使い、地滑り災害について講義をしてくれる。訪ねた日は、男性解説員(65)が応対してくれた。

説明によると、地滑りは土砂災害の一形態で、ほかに土石流や崖崩れがある。いずれも山や丘が平らになっていく過程であり、地質などによって起きやすい災害が違う。そのうち地滑りは、地中にしみこんだ雨水が粘土層の上にたまり、粘土層と上の層の境界が滑って起きることが多い。「風呂やプールで足が浮いて滑るようなもの」と例えてくれた。

地滑りのメカニズムを示す看板=長野市
地滑りのメカニズムを示す看板=長野市

地附山、篠ノ井を含む長野盆地の西縁に、「裾花(すそばな)凝灰岩」と呼ばれる地層が続く。新第三紀中新世(約2300万年前~約500万年前)に、海底で火山灰が固まったもので岩肌が白く、もろいのが特徴。変質してできた粘土状の層が分布し、地滑りが起きやすい。

災害後の防災工事として、雨水を地表や地中で集めて排水するようにした「抑制工」とともに、アンカー818本や長さ30メートルの鋼管270本、50メートルの鉄筋コンクリート杭29本などを打って地面の動きを止める「抑止工」を行った。そのうえで、GPS(衛星測位システム)で動きを監視する「観察」を行っている。

公園内を回遊すると、排水溝が張り巡らされているのが見えるほか、地中に埋まっているアンカーや鋼管はサンプルが展示され、その巨大さが実感できる。