遅咲きのヒロイン、競泳・大橋悠依「金」 涙の〝最下位〟から世界一へ - 産経ニュース

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遅咲きのヒロイン、競泳・大橋悠依「金」 涙の〝最下位〟から世界一へ

【東京五輪2020 競泳】女子400メートル個人メドレー決勝 優勝し喜びを爆発させる大橋悠依=25日、東京アクアティクスセンター(恵守乾撮影)
【東京五輪2020 競泳】女子400メートル個人メドレー決勝 優勝し喜びを爆発させる大橋悠依=25日、東京アクアティクスセンター(恵守乾撮影)

表彰台の一番高い場所で、大橋悠依(イトマン東進)は真っ赤な目を両手で拭った。400メートル個人メドレーで日本女子初の頂点に輝いた25歳。心身の弱さを払拭して優勝をもぎ取り「自分が金メダルを取れるなんて本当に思っていなかった」。初めて日の丸を背負ってから5年。遅咲きのヒロインが快挙を成し遂げた。

滋賀県彦根市に生まれ、3歳のときに地元のスイミングスクールで水泳を始めた。練習嫌いで「隙あれば楽をしたい」という性格に、量より質を求めるスクールの方針がかみ合った。水中で体を一直線に保つ練習で地道に体幹を鍛え、抵抗の少ない姿勢を体にたたき込んだ。

時に手を抜いているように見られるほど、軽やかに水面を滑る泳ぎに目を付けたのが日本代表の平井伯昌(のぶまさ)ヘッドコーチだった。自身が監督を務める東洋大に勧誘。当時まだ無名のスイマーは、2016年リオデジャネイロ五輪での頂点を目指す萩野公介(ブリヂストン)ら精鋭が集う環境に身を置いた。

しかし、大学1年の冬に試練が待っていた。原因不明の体調不良に悩まされ、何をしても体が重い。軽めのメニューでも肩で息をした。持ち味の大きな泳ぎは見る影もなく、大学2年で迎えた15年4月の日本選手権では、女子200メートル個人メドレーで出場40人中最下位に沈んだ。中学生にも敗れ、会場の更衣室に逃げ込んで「水泳をやめたい」とむせび泣いた。

大学2年の秋、血液検査で極度の貧血と分かった。実家から冷凍便で送られるヒジキなどを意識的にとることで症状は改善。16年のリオ五輪選考会前の強化合宿はメンバーから漏れたが、平井コーチに「次は君の番だから」と奮起を促され、東京五輪が現実味を帯びた。

萩野ら先輩への助言も自分のことに置き換え、174センチの恵まれた体にめいっぱい技術や知識を吸収した。大学4年だった17年4月の日本選手権で才能が開花。400メートル個人メドレーで従来の日本記録を3秒以上縮め、夏の世界選手権は200メートル個人メドレーで銀メダル。その後は表彰台の常連になった。

繊細でネガティブ。女子のエースとして降りかかる重圧に押しつぶされ、一昨年の世界選手権は泳法違反で失格も経験した。ここ数年は思うようなレースができずに苦しんだが、決勝前夜、「何もプレッシャーを知らなかったときのように戻るのは無理。全て受け入れて泳ごう」と腹を決めると気持ちが楽になった。午前決勝という難しい調整の中、18年に出した自己ベストに迫るタイムは成長の証し。弱い自分を受け入れた先に、勝者の喜びが待っていた。(川峯千尋)

大橋金メダル 競泳女子400メートル個人メドレー


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