【日曜に書く】論説顧問・斎藤勉 「無観客」悔しくてたまらぬ

いつでも「有観客」に

東京五輪の「無観客開催」が私は悔しい。悔しくてたまらない。オリンピック、パラリンピックのすべてを決定する政府と東京都、大会組織委員会、国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)の、いわゆる5者協議のメンバーの皆さん、恥ずかしいことは何一つない、五輪開催期間中、いつでもよいから「有観客開催」への急変更の決断をためらわないでほしい。

老記者の繰り言といわれるやもしれぬが、私の恥ずかしき事情もお聞きいただきたい。

東京五輪の主会場になる新国立競技場は心情的にわが家のような存在だ。もう30年ほど、自転車で7、8分の近場に住み、近くの神宮外苑を頻繁にママチャリで散策している。自然と、旧国立競技場と周辺の老朽化した都営住宅を取り壊し、新国立を建設する経過を初めから完成まで見届けることになった。

隈(くま)研吾氏が設計した競技場の杉がプンプン匂い立つような木造りの外周がほの見えてきたとき、思わず自転車を長く止めて1人で拍手喝采したものだ。

世界への公約破棄だ

そして、思った。オリンピック、パラリンピックの本番には必ずビール片手に孫でも抱いて古マンションの自宅ではなく、和風造りの「わが家」の客席で世界の選手たちの最高のプレーを高みの見物といこう、と。前回、昭和39年の東京五輪は埼玉の片田舎でボロテレビ見物するしかなかったが、今回は自分の庭のように走り回っているすぐ傍らに新国立がある。こんな好条件下で見られない、なんてことがあろうはずがない。手前勝手にそう確信していた。

コロナ禍の前、同僚にネットで幾つかの競技のチケットを申し込んでもらったが、見事に全部外れた。でも、「まだ今後、チャンスはある。必ず切符はゲットする」と気合が入っていた。

しかし、「延期」が決まった後は、コロナ禍の大波の度に東京はじめ全国各地に「緊急事態宣言」が発令され、「無観客開催」が次第に現実味を帯びてきてもいた。それでも今年6月21日には、5者協議がいったん各会場定員の50%以内かつ最大1万人とする方針を決めた。密(ひそ)かに私がぬか喜びしたのも束(つか)の間(ま)、東京で4度目の宣言が決まるや、5者協議は一転して首都圏1都3県(後に北海道、福島も)の会場の無観客開催を正式決定してしまった。

1年延期をIOCに提案した段階で政府は「コロナとの戦いに打ち勝った証しとしての五輪開催」に責任を負ったはずだ。世界も、日本のコロナ対応と開催準備能力を信じ、延期を了承した。「無観客開催」はこの公約の破棄に等しく、宣言発令に関する今月9日の産経の大型「主張」(社説)は「大失態だ」と断じた。

米有力紙も同様の論理で日本の失策を論難した。

子供と高齢者入場を

現実に五輪の各種強化ゲームも、プロ野球やJリーグ、大相撲も、すべて一定の観客入りで開催している中で、なぜ五輪だけ無観客なのか、科学的、論理的理由がとんとわからない。「リスクゼロ」を目指すなら、人間はいつ何が起きるかわからぬ街中など歩けないではないか。

大半の五輪選手は「無観客でも頑張ります」と殊勝に話す。私も拙(つたな)いスポーツ経験があるから、それが本音ではないのがわかる。日本サッカー協会の田嶋幸三会長は「収容人数の10%、競技場の近くの子供たちなどに限定すれば人流は抑制できるのではないか」と述べている。私もこれが現実的選択だと思う。新国立の収容人数は実に6万8000人だ。せめて開催自治体の小中高生を一定数、連日招待する。子供たちの熱い眼差(まなざ)しは必ずや各国選手を鼓舞し、子供たち自身の人生の糧ともなる。

加えて、ワクチンを2度接種した地元の高齢者も招いていただければ嬉(うれ)しい。同じ希望を持つスポーツジムの仲間も多い。

五輪開幕を前に、青山通りから新国立に通じる「スタジアム通り」や有名な「イチョウ並木通り」の一般車の進入は禁止された。新国立自体、周囲を巡る散歩も許されない。代わりにスタジアム前の五輪のオブジェで記念撮影する国内外の人の列が絶えない。先日、インド人一家の写真を撮ってあげたら、父親がウインクして言った。

「本当はこの(新国立)中で撮りたかったよ」

世界のカメラマンたちは無観客の会場でどう腕を競い合うのだろう。(さいとう つとむ)