主張

東京五輪開会式 世界を変える大会に育て 選手に静かな声援を送ろう

プロテニス選手、大坂なおみが聖火台に点火し、東京オリンピックが開会した。昭和39(1964)年の東京大会から57年の時を経て、東京で2度目に開催される五輪である。

戦後の目覚ましい復興ぶりを世界に示した昭和の大会の輝かしい成果と比し、令和の東京五輪は新型コロナウイルス禍に翻弄され、1年の延期を経て原則無観客での開会となった。

本来は人々に祝福され、平和の祭典として東京と日本が世界をもてなすはずだった大会である。

≪コロナとの戦いに勝つ≫

逆境の中にあっても、国立競技場の聖火台に灯(とも)る火を守らなくてはならない。それは大会を招致した東京都と、五輪の成功を保証した政府の国際公約である。閉会時には五輪が東京で開催されてよかったと、世界に思われたい。

同じ責任を、われわれ国民も負うと考えたい。原則無観客による五輪の開催に至ったことは残念でならないが、世界から東京に集まり、人類の限界に挑戦する選手らの奮闘や妙技に、遠く自宅からでも、惜しみない拍手を送ってほしい。

映像に、小さくとも心をこめた静かな声援を送る。勝者と敗者、それぞれの選手のドラマに思いをはせる。そうした観戦の姿は、コロナ禍におけるステイホームの呼びかけにも合致する。

世界の最高峰を競う選手らは必ず、新たな興奮と感動を生み出してくれるはずだ。

政府と自治体には、人流の抑制とワクチン接種の迅速化という基本の徹底を求める。

昨年3月、当時の安倍晋三首相は先進7カ国(G7)首脳テレビ会議で東京五輪を「人類が新型コロナウイルスに打ち勝つ証(あかし)として完全な形で実施する」と訴え、一致した支持を取り付けた。

直後に東京五輪の1年延期が正式に決まった。「完全な形での実施」は、いわば日本が世界に向けた公約だったはずである。

五輪の開幕が新型コロナ禍の第5波と重なったことは、失政の結果といわざるを得ない。大きな要因は平時の論理でワクチンの承認に緊急対応を取ることができなかったことにある。

ただし、ワクチンの接種が新型コロナとの戦いに有効であることは、高齢者の新規感染者や重症患者が減ったことでも実証済みである。ワクチンの接種は感染拡大との競争だ。五輪期間中も各年代へのワクチン接種を加速させる。これが大会を安全に運営し、社会を取り戻す最大の手段である。

コロナ禍の中での大会の開催については世論も二分されてきた。例えば朝日新聞は社説で、菅義偉首相に「大会中止」の決断を求めた。産経新聞は主張で、「開催への努力をあきらめるな」と書き続けた。五輪開催への努力とは、ウイルス封じ込めへの施策と同義であると信じるからだ。

それは開会後も変わらない。聖火を消さないための努力とはウイルスとの戦いそのものである。克服のためには、政府や自治体、医療界、そして国民の協力が不可欠である。世界各国の選手らは、必ずその競技力で努力に応えてくれるはずである。

≪大空に描く「五つの輪」≫

航空自衛隊の「ブルーインパルス」は23日午後、国立競技場周辺の上空にカラースモークを使って五輪マークを描いた。前回東京五輪の再現である。

昭和の東京五輪で盟友、円谷幸吉選手とマラソンを走り、4年後のメキシコ大会では盟友の遺志とともに走って銀メダルを獲得した君原健二さんは、2度目の東京五輪についてこう話していた。

「前の東京五輪では国民の皆さんが喜び、感動し、夢や希望を持ちました。あれから日本は一気にいい方向に向かったのだと思います。前の東京五輪は、日本を変えたのです。今度の東京五輪には、世界を変えてほしい。日本の英知を集めて、世界の皆さんに喜んでいただける大会になってほしいと願っています」

世界がコロナ禍に見舞われる前に聞いた発言だが、いま、厳しい環境下での五輪の開会に、さらに大きな意味を持つ。商業化、肥大化、行き過ぎた華美を排し、五輪本来の姿を取り戻す。過酷な環境下における平和と団結の姿をスポーツの力で明示する。令和の東京五輪がそうした世界を変える大会に育てば理想的である。

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