ジュディ・オングの「魅せられて」秘話 あの衣装は〝ケガの功名〟

大ヒット曲「魅せられて」の秘話を語ったジュディ・オング
大ヒット曲「魅せられて」の秘話を語ったジュディ・オング

昭和54年の「日本レコード大賞」の大賞受賞曲で、ジュディ・オングの最大のヒット曲でもある「魅せられて」。プロデュースしたのは、山口百恵さんら多くの人気歌手を育てた音楽プロデューサー、酒井政利さんだ。酒井さんは16日、85歳で死去した。「魅せられて」は、歌とともにサビの部分で両手を広げる真っ白なドレス衣装が大きな話題を呼んだ名曲だ。ジュディは、あの衣装について、「実はケガの功名だった」と明かす。

ヒントはダイアナ・ロス

「ヒントは、ダイアナ・ロスの来日コンサートだったの。真っ白のドレスを着ていて」

ダイアナ・ロスの衣装は左側にドレープの入ったドレスで、ダンサーがそのドレスを引っ張ると、スクリーンのような真四角の形になったのだという。

「魅せられて」はエーゲ海をイメージした曲で、当初はドレスのスクリーンにエーゲ海の映像を映し出すことが考えられていた。

ところが、最初のお披露目にエーゲ海の映像が間に合わなかった。そこで「半透明の生地だったので、後ろからライトを当てたら、羽衣のような感じになった」という。この様子が、鮮烈な反響を呼んだ。これが本人の語る「ケガの功名」というわけだ。

平成22年の年始を迎える年越しに、謹賀新年の文字、干支の寅、そしてエーゲ海の映像をプロジェクションマッピングにして、ドレスに映し出したことがある。実に30年以上越しに、当初の計画が実現した形となったが、「魅せられて」のイメージは光に包まれた白いドレスで定着した。

曲は難しくて…

「魅せられて」をプロデュースした酒井さんは、1960年代から、南沙織さんやキャンディーズ、山口百恵さん、郷ひろみさん、松田聖子さんらを手掛け、歌謡界でアイドル路線を確立。名プロデューサーとして一時代を築いた。昭和54年に「魅せられて」が日本レコード大賞を受賞する。阿木燿子作詞、筒美京平作曲。美しいメロディーも、艶めかしさのある歌詞も、ともに印象的な曲だ。「16分音符に歌詞がついてて、最初はそれをミスせずに早口で歌うのさえ、難しかった」と打ち明ける。

加えて、サビ部分では、低い音からどんどん音が上がっていく構成。「地声で歌うとエーゲ海の太陽に、ファルセット(裏声)で歌えばエーゲ海の風に」とのイメージから、風をイメージして、ファルセットで歌うことにした。「これが大変なんです。喉の締めどころが違うので、喉の筋肉の切り替えの稽古をすごくしました」

ピアノを担当した羽田健太郎も、忙しいスケジュールを縫って、ジュディのレッスンに足を運んでいた。その羽田から「ジュディ、この曲売れるよ」と声を掛けられたが、自身はうまく歌えるかどうかに心を取られ、売れるかどうかを考える余裕もなかったという。

武道館の屋根が落ちそう

「魅せられて」は2月に発売。ジュディ自身が売れていると初めて実感したのは、6月の「第8回東京音楽祭」だった。同年は米国のリタ・クーリッジがグランプリに輝いたが、ジュディが登場した際、「(会場の日本)武道館の屋根が落ちそうなほど、舞台が揺れる実感があった」という。

その後も同曲のヒットは続き、年末の日本レコード大賞で、大賞を射止めた。

同年の日本レコード大賞金賞には、小林幸子の「おもいで酒」、さだまさしの「関白宣言」、山口百恵の「しなやかに歌って」、ゴダイゴの「ビューティフル・ネーム」、八代亜紀の「舟唄」、岩崎宏美の「万華鏡」、西城秀樹の「勇気があれば」など、綺羅星のごとく、ヒット曲が並んでいた。

大賞が決まった瞬間、喜びと感動と驚きがないまぜになり、ふらふらと立ったジュディ。その手を取って、ステージまでエスコートしたのは西城だった。「自分が大賞を取れなかったら、エスコートしようと決めていた」と後に西城が明かしてくれたという。

万全でないと歌わない

当時は、睡眠時間が1日4時間、風邪をひき、声が出ないこともあったというが、「今思えば、楽しい思い出しかない」という。そして、「魅せられて」という作品の大きさに「一生かけて歌う」と誓ってきた。

「あれから42年。キーも変えない。今でも『魅せられて』を歌うと決まれば、1週間前から腹筋や背筋で身体を作って、横隔膜を動かす練習をする」

それほどの覚悟を持って今も「魅せられて」を聞かせている。

昭和歌謡については「歌詞とメロディーの調和が重要」と話し、そうした要素が若年層にも受けて、昭和歌謡のリバイバルにつながっているのではないか、と考えている。

J:COMの無料放送、J:テレで放送されている「太川陽介のスナック歌謡界~昭和スターが集う店~」で7月28日、ジュディが登場し、「魅せられて」のさらに詳しい秘話などを披露する予定だ。

ジュディ・オングは、恩人とも言えた酒井さんの死去を受け、追悼の談話を発表した。

「どれだけ泣いても、涙が止まりません。私の大好きな酒井さんが、もういらっしゃらないなんて。。。歌手としての私を信じて制作してくださった『魅せられて』は、私の宝物です。残された者が輝いて歌うことが一番の供養であり、喜んでいただけると思い、歌い続けていくつもりです。いつまでもずっと、空から見ていてください。

ご冥福をお祈り申し上げます」

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