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現地にいながらテレビで眺めたあの場面

「コンパクトすぎる五輪」になってしまった東京2020オリンピックが開幕。コロナ禍も続いていて、あまりはしゃぐのもなんだねぇ…と微妙な感じもありつつ、やっぱりムードは盛り上がってきた。どんな状況であれ、世界屈指のアスリートが集結していることに変わりはない。しばらくはテレビにくぎ付けになりそうだ。おうち時間が増えれば、それだけ感染防止にもつながるわけだしね。いや、どうせチケットは総外れで、どっちにしてもテレビ観戦だったんだけれども。

何年かごとに五輪をテレビで見るたび、よみがえる光景がある。1992年のバルセロナ五輪。夕刊紙の記者として現地で取材した。取材パスを持っていても、すべての競技を見られるわけじゃない。同じ時間に色々な競技が行われるから、メダル候補とか因縁対決とか「売れる紙面」になりそうな種目を予想して会場を回る。

勘が当たることもあった。古賀稔彦が負傷を乗り越えて金メダルをつかんだ瞬間に、会場で一緒に両拳を握ったのはいまでも忘れ難い。だけど、ほとんどの競技はそれまで観戦したことすらなかった付け焼き刃。つまり予想ははずれまくり。

見逃した名場面のひとつが、当時14歳だった岩崎恭子の競泳女子200m平泳ぎの金メダル。他の会場からプレスセンターに戻ってきたら、ちょうど大騒ぎの真っただ中。誰って? まじで? 弱小新聞の特派員は自分だけ。本社から1面トップ用にすぐ原稿を送れと指示が来る。

ええと、見てなかったんで。「あのぉ、代わりに柔道の小川直也・無念の銀というわけには…」「いくか!」ガチャ。記者室に置かれたモニターで録画を見た。後半ぐいぐい伸びていく彼女の泳ぎに鳥肌が立った。有名になったあのセリフ「今まで生きてた中で一番幸せです」もテレビで。ほほえましすぎて涙が出た。

同じ時代を生きる選手たちの、後々語り継がれるようなドラマを共有できるのが、五輪の醍醐味(だいごみ)。生で見て原稿を書いた小川の表情ももちろんだが、小さな画面越しの岩崎の戸惑い顔を、よく思い出す。(ライター 篠原知存)

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