聖火台にトーチの火を移す最終聖火ランナーには、その大会が掲げるテーマを象徴する選手が起用されてきた。1964年10月10日午後、「戦後復興と平和」をテーマとした前回東京五輪でその大役を担ったのは坂井義則さんだった。当時の国立競技場のバックスタンド最上段に立ち、聖火台に点火する姿は、64年大会を振り返る度に繰り返し映し出されてきた。当時の坂井さんは早大の短距離選手。目標とした五輪への出場はかなわなかったが、いまでは、メダリストにも負けないほどの知名度だ。
広島に原爆が投下された1945年8月6日に広島県三次市で生まれた。それから19年後に開催された東京五輪。敗戦から復興を果たした五輪を象徴し、最終聖火ランナーには、未来への可能性を体現する若いアスリートがふさわしいという考えが組織委員会にはあったという。
前日は雨だった。それが一転して開会式当日はこれ以上ない快晴となった。超満員の観客席に聖火台へ刻まれた一本道を駆け上がる。最上段からの眺めは絶景だった。
「真っ青な空。高層ビルもまだない。まさに特等席で、本当にきれいだった」