高く掲げた誇り 八村塁、須崎優衣が開会式で旗手 - 産経ニュース

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高く掲げた誇り 八村塁、須崎優衣が開会式で旗手

開会式で旗手の八村塁、須崎優衣を先頭に入場する日本選手団=23日午後10時33分、国立競技場(恵守乾撮影)
開会式で旗手の八村塁、須崎優衣を先頭に入場する日本選手団=23日午後10時33分、国立競技場(恵守乾撮影)

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う延期から1年。東京五輪が23日、ついに開幕を迎え、国立競技場で開会式が行われた。「多様性と調和」を掲げる今回の大会に、日本選手団は過去最多583選手を送り込む。開会式で旗手として日の丸を掲げたのは、バスケットボール男子の八村塁(23)と、レスリング女子の須崎(すさき)優衣(22)だ。見た目の違いによる差別、大けがで消えかけた代表の座…。それぞれの苦難を乗り越えた2人の若者とともに、チームジャパンは自国開催の五輪で世界に挑む。

バスケ男子・八村塁

全世界の20万人超がフォローする八村塁のツイッター。そのプロフィル欄には《Pride in my roots》(自分のルーツに誇りを持っています)と記されている。

西アフリカのベナン出身の父と日本人の母の間に、4人きょうだいの長男として富山市で生まれた。小学校時代は野球少年。同市立奥田中で同級生に誘われ、バスケットと出合った。

最初から何でもできたわけではない。落ち込む八村に、コーチの坂本穣治さん(61)は「君はNBA(米プロバスケットボール)に行くんだ」と声をかけた。

荒唐無稽な話をしたつもりはなかった。ボールをひょいとつかみ上げる手のひらのサイズなど、将来性を見込んだからだ。

周囲から「(外見などを)からかわれることもあった」(坂本さん)。怒りをあらわにしたこともあった。そんなときは「バスケットの実力で日本中から応援される選手になってみろ」。思いをボールにぶつけるよう、求めた。

おぼつかなかったドリブルはスムーズになり、主力になるまで時間はかからなかった。バスケにどんどんのめり込んだ。

「ハーフの大将になれ」。高校時代を過ごした仙台市の明成高(現・仙台大明成高)で、佐藤久夫監督(71)はリーダーとしての自覚を説いた。

師の言葉を胸に、自らを鍛えた。試合でシュートを外し続ける仲間には「リバウンドは全部自分が取る。どんどん打て」と鼓舞した。すでに同世代では突出したレベルにあったが、おごりはなかった。

トレーナーの高橋陽介さん(40)は、「チームメートの活躍と、自分個人の役割。両方を考えられる選手だ」と評価する。

今年5月、弟で東海大学でバスケットをしている阿蓮(あれん)さん(21)が、自身のツイッターに人種差別的な内容のメッセージが届いたと公表した。八村は「こんなの、毎日のようにくるよ」と、あきれたようなしぐさの絵文字を添えて反応した。

米国の強豪大学へ進学後、2019年にNBAのウィザーズへ入団し主力を担う。父からもらった強い体、母から学んだ勤勉さ。「ハーフに生まれてよかった」という思いに、揺るぎはない。

母校のバスケ部には今、2つの国にルーツを持つ子供たちが全国から集まり、八村の背中を追う。多様性を理念とする五輪で、背番号「8」は躍動を誓っている。(桑波田仰太、大柳聡庸)

レスリング女子・須崎優衣

早くから、「東京五輪のエース」と目されていた。中学2年で親元を離れ、日本オリンピック委員会(JOC)のエリートアカデミー入り。抜群のスピードと圧倒的な攻撃力で2017、18年に行われた世界選手権を2連覇していた。

そんな須崎優衣にアクシデントが襲った。世界選手権後の18年11月、合宿中に左肘の靱帯(じんたい)を断裂し、全治2カ月の重傷を負うと、翌年の国内での代表争いで敗戦。それは、東京五輪出場が絶望的な状況に追い込まれたことを意味していた。

「なんのために生きていけばいいのか」。激しく落ち込んだ状況から抜け出した原動力は、幼少から続く〝1番〟への執念だった。

幼いころから「1」にこだわりが強かった。写真に写るときはピースはせず、人さし指を1本だけ立ててほほえんだ。ロッカーやげた箱は1の番号しか使わない。腕立て伏せや腹筋も、人より1回多くこなした。

「1番になりたい」。その思いが、須崎の足を練習場に向けさせた。

周囲も支えた。「心は、けがをしないようにしよう」。エリートアカデミーで、須崎を指導してきた吉村祥子コーチ(52)は、負傷直後からモチベーションの維持を促した。

ライバル選手の成績が振るわず代表争いが白紙になると、千載一遇のチャンスを逃さず、19年12月の全日本選手権で優勝。代表権が懸かるアジア予選への出場を決めた。

新型コロナウイルスの感染拡大で延期されたアジア予選の日程が固まらなかったときも、4歳年上で早大レスリング部OBの姉、麻衣さん(26)と公園での走り込みなどトレーニングを重ねた。抱き続けたのは、自らもしばしば口にする「強い気持ち」だ。トップになるための準備は怠らなかった。

今年4月に改めて実施された予選で優勝。どん底から代表の座を射止めたからこそ、「自分だけの目標ではなく周りの人の夢でもある。国を代表させてもらう責任感がある」という思いを胸に抱く。

強い責任感と向上心。選手団の先頭で、日の丸を掲げる旗手は適任だった。(浅上あゆみ)

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