高く掲げた誇り 八村塁、須崎優衣が開会式で旗手

レスリング女子・須崎優衣

早くから、「東京五輪のエース」と目されていた。中学2年で親元を離れ、日本オリンピック委員会(JOC)のエリートアカデミー入り。抜群のスピードと圧倒的な攻撃力で2017、18年に行われた世界選手権を2連覇していた。

そんな須崎優衣にアクシデントが襲った。世界選手権後の18年11月、合宿中に左肘の靱帯(じんたい)を断裂し、全治2カ月の重傷を負うと、翌年の国内での代表争いで敗戦。それは、東京五輪出場が絶望的な状況に追い込まれたことを意味していた。

「なんのために生きていけばいいのか」。激しく落ち込んだ状況から抜け出した原動力は、幼少から続く〝1番〟への執念だった。

幼いころから「1」にこだわりが強かった。写真に写るときはピースはせず、人さし指を1本だけ立ててほほえんだ。ロッカーやげた箱は1の番号しか使わない。腕立て伏せや腹筋も、人より1回多くこなした。

「1番になりたい」。その思いが、須崎の足を練習場に向けさせた。

周囲も支えた。「心は、けがをしないようにしよう」。エリートアカデミーで、須崎を指導してきた吉村祥子コーチ(52)は、負傷直後からモチベーションの維持を促した。

ライバル選手の成績が振るわず代表争いが白紙になると、千載一遇のチャンスを逃さず、19年12月の全日本選手権で優勝。代表権が懸かるアジア予選への出場を決めた。

新型コロナウイルスの感染拡大で延期されたアジア予選の日程が固まらなかったときも、4歳年上で早大レスリング部OBの姉、麻衣さん(26)と公園での走り込みなどトレーニングを重ねた。抱き続けたのは、自らもしばしば口にする「強い気持ち」だ。トップになるための準備は怠らなかった。

今年4月に改めて実施された予選で優勝。どん底から代表の座を射止めたからこそ、「自分だけの目標ではなく周りの人の夢でもある。国を代表させてもらう責任感がある」という思いを胸に抱く。

強い責任感と向上心。選手団の先頭で、日の丸を掲げる旗手は適任だった。(浅上あゆみ)

会員限定記事会員サービス詳細