家族がいてもいなくても

(697)あこがれの「行きつけ」

黒磯にパンを買いに行った。

私が「行きつけのパン屋さんを見つけたいわ」と気取ったことを言ったせい。

「だったら黒磯へ行きましょうよ」ということになったのだ。

案内人は、人形劇の練習に毎週やってくるセキヤさん。

川を挟んだ隣町の住人だ。横浜からリタイアした夫とともに移住してきて、5年。

私より1年ほど移住歴が長いだけなのに、行きつけのパン屋さんがあるなんてねえ、と感心してしまった。

そばで聞いていた仲間2人も間髪入れず、「行く、行く!」と言うので、シニアな女4人で、1台の車に乗ってお出掛けをした。むろんマスクはして。

黒磯までは車で30分。ここでは、ほんのご近所の距離だ。

聞くところによると、黒磯駅はかつて、皇室の方々が那須の御用邸に向かうときの最寄り駅で、お召し列車が発着していたのだそうだ。

ところが、東北新幹線ができて以来、最寄り駅は新幹線が停車する那須塩原駅に変更されてしまったとか。

黒磯駅周辺は一時、廃れてしまったが、ここ数年で若い世代が中心になって再開発され、おしゃれな町へと急速に進化しているらしい。

というのも、この町はカフェの「聖地」と呼ばれている。「SHOZO CAFE(ショウゾウカフェ)」の誕生の地だ。

このカフェは、どう言えばいいのか、アンティークな、インテリアのセンスがなんともいえない居心地のよさを漂わせていて、誰でもその雰囲気が好きになる、そういうカフェなのである。

那須に来たとたん、「ショウゾウカフェ」の名は、頭の中にインプットされてしまう。それほどここでは有名だ。

そして、駅前にあったおいしいパン屋さんもその隣のランチレストランも、このカフェの感じを踏襲していて、駅前周辺が、いつのまにか独特な雰囲気に変貌していた。

おまけに駅前に、新しい図書館ができていた。その図書館の中にもカフェがあり、わが高齢者住宅のお隣の「森林ノ牧場」のソフトクリームが提供されているとか。

そんなわけで、行きつけのパン屋さんを見つけた私としては、東京と行き来するときの最寄り駅は、黒磯駅に。宇都宮線でのんびり、ことこととパンを食べながら普通列車で帰ろうかなあ、と思う。

(ノンフィクション作家)