【話の肖像画】デザイナー・コシノジュンコ(81)(21) 子育て奮闘 働く姿を息子に - 産経ニュース

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話の肖像画

デザイナー・コシノジュンコ(81)(21) 子育て奮闘 働く姿を息子に

フランスの彫刻家・現代美術家、セザール・バルダッチーニ氏(右)のアトリエにて。海外にはいつも子供を連れて行った
フランスの彫刻家・現代美術家、セザール・バルダッチーニ氏(右)のアトリエにて。海外にはいつも子供を連れて行った

《子育てに奮闘するなか、忘れられない衝撃的な出来事があった》


息子がようやくしゃべることができるようになったころ。私に向かって「お父さん、お母さんは?」と聞いてきたのです!

相変わらず仕事が忙しかったため、育児はベビーシッターに任せることもしばしば。だからなのか、「お父さん」と「お母さん」が分からなくなってしまったようです。もうショックでショックで、かなりの衝撃が走りました。

当時は、西麻布にある自宅から青山・骨董(こっとう)通りのブティックまで通勤していました。当たり前ですが、毎朝、出勤してから夜まで家には帰ってこない。子供と過ごす時間はどうしても短かった。

これでは母と認識してもらえないのも無理はない。それならば、会社と家を近くにしてしまおうと考えました。

思い立ったが吉日。すぐにブティックの斜め向かいにあるマンションへ引っ越しました。これなら仕事をしながら育児もできる。なにより、私が何をしているのか、どんな仕事をしているのか、息子に見てもらおうと思ったのです。


《世界各国で行ってきたショーには、子供を帯同させた》


私の仕事を理解してもらうには、ショーを見てもらうのが一番。そのため、パリコレなど、できる限りすべてのショーを息子に見せてきた。

案外、子供はちゃんと親のことを見ているもの。だから何かを言って聞かせるよりも、私たちがきっちりとした背中を見せてやればまっすぐ育つと考えました。

また外国は子連れで働くことに理解もあった。フォーマルな場では、息子に紋付きはかまを着せ、大人顔負けのスタイリングをしました。すると、ショーの現場では、結構受けたりもして。息子自身もよい経験になったと思います。


《女性が仕事をしているのがまだ珍しい時代。子供が幼稚園に入園後、当時の教諭陣らからは冷ややかな目で見られることもあった》


通園する幼稚園では、保護者の昼食当番がありました。でも私は途中でパリコレの準備にかかりきりになってしまったりして参加できないことも多く、ベビーシッターとともに行っていました。すると、先生からは「ベビーシッターがいないと何も始まらないわね」とずばっと嫌みをいわれてしまって。

当時、この園では母親が仕事をしていることについて、疎まれるというか、白い目で見られるような風潮がありました。私なんて典型的に他の保護者から浮いていましたね。

でも、悔しい思いのままでは嫌だった。「園のことも全部やってやろうじゃないの」。そう考えました。

園や学校の行事では会社をあげて参加しました。子供たちや保護者の受け付け、列の整理なども引き受けましたね。普段は家にいない分、挽回しないといけないという気持ちでした。

しまいには私の仕事の年間スケジュールまで先生方に渡すことも。行事や保護者会の日程を決めるときには、参考にしてください、と伝えていました。

こうしたかいがあったからか、ついには先生方と打ち解けて、仲良くなることができたのです。(聞き手 石橋明日佳)