復興五輪へ 宮城、福島 開催を支えた裏方たち 21日から試合開始 - 産経ニュース

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復興五輪へ 宮城、福島 開催を支えた裏方たち 21日から試合開始

「復興芝生」の生産場で、思いを語る大坪征一さん=昨年2月12日、宮城県山元町(塔野岡剛撮影)
「復興芝生」の生産場で、思いを語る大坪征一さん=昨年2月12日、宮城県山元町(塔野岡剛撮影)

東京五輪開幕に先駆け、21日から東日本大震災の被災地の宮城県でサッカー女子、福島県でソフトボールの試合が開催される。新型コロナウイルスの感染拡大による開催延期などに見舞われながらも競技会場に携わるスタッフらは開催を信じ、準備作業を着々と進めてきた。発生から10年の節目の年、復興はまだまだ途上の部分はある。それでもこの地でこの日を迎えられたことを誇りに感じている。(大渡美咲、塔野岡剛)

復興芝生

男女のサッカー計10試合が行われる宮城県利府町の「キューアンドエースタジアムみやぎ」。一面には青々とした天然芝が日光に照らされて輝いていた。

「待ちに待った五輪。復興芝生を世界のひのき舞台に立たせてやりたい」。芝生を育てた仙台市の大坪征一さん(81)は晴れ晴れとした表情で話した。

大坪さんの故郷、宮城県山元町は東日本大震災の津波に襲われ、関連死を含めて637人が犠牲になった。変わり果てた姿に言葉も出なかったという。

「故郷の活気を取り戻したい」。野球場などのグラウンド補修の工事会社を経営していた大坪さんは、津波で荒れ果てた土地を有効活用する方法として、仕事でなじみ深い芝生に着目し、地元の仲間とともに生産を始めた。

復興への願いを込め、「復興芝生」と名付けた。砂地で育てるのが特徴で、「根が強く張り、水はけが良い」と大坪さん。

日本で開催されたラグビーワールドカップの試合会場「豊田スタジアム」(愛知県豊田市)でも採用され選手らを足元で支えた。

五輪での採用も決まり開催を心待ちにしていたが、コロナ禍で1年延期に。芝生の成育は気温や風など天候によって変わる繊細なものだ。大坪さんは2カ月に1回のペースでキューアンドエースタジアムみやぎに足を運び、芝生の状態を確認した。

「選手には最高の試合を期待したい。被災地で頑張っている人がいることを知ってほしい」

震災から10年。傷は決して消えることはないが、復興した宮城を、力強く育った芝生を世界に見てもらいたいと願っている。

無観客でも後世に

野球とソフトボール計7試合が行われる福島県。会場となるのは、福島市の県営あづま球場だ。

「いよいよ本番。コロナがなければみんなでハイタッチをして盛り上がれたと思うけど、画面からでも福島の様子が伝われば」

管理を担当するあづま総合運動公園事務所施設管理課主査、高橋政人さん(42)は期待を込める。

建築士として住宅メーカーで青森県の支店に勤務していた際に東日本大震災が発生。「復興の役に立ちたい」と決意し、平成24年4月、福島県土木部に転職した。さらに現職となって1年たった29年3月にあづま球場での五輪開催が決まり、「驚くと同時に『よっしゃ』とガッツポーズをした」と振り返る。

球場は五輪を前に、バリアフリー化やトイレの洋式化、グラウンドを人工芝にするなど約13億円かけて大規模改修を実施した。

高橋さんは高校、大学時代にボクシング選手として活躍したが、野球に関わるのは初めて。全国のプロ野球の球場をめぐって研究を重ねた。「五輪が開かれたあづま球場は市民にとって誇りになる。これから多くの人に使ってほしい」と願う。

いよいよ21日午前9時からソフトボールの日本―オーストラリア戦があづま球場から世界に発信される。

「金メダルを目指してきた選手にとっていいスタートが切れるよう、最後の最後まで準備していきたい」

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