日本マクドナルドが東京・銀座に日本第1号店を出店してから、20日で50年を迎えた。日本に「食べ歩き」の文化を広め、安く手軽に食事を楽しむ「ファストフード」の先駆けとなった。50年の間に、調達先の中国企業の使用期限切れ鶏肉問題による顧客離れなどの危機も経験した。価格で勝負する企業にとって、中国をはじめとする外国とのつながりは不可欠だ。一方、米中対立が深刻化する中、これらの企業が地政学リスクに巻き込まれやすくなっている現実もある。
カリスマ起業家として名をはせ、多くの経営者に影響を与えた藤田田氏が日本マクドナルドを創業し、第1号店をオープンしたのは銀座三越の1階。当初は認知度が低く、店の前を素通りする人が多かったというが、徐々に米国文化にあこがれていた若者をとりこにしていった。
マクドナルドは食べ歩き以外にも、多くのものを日本にもたらした。昭和52年10月には日本初の本格的なドライブスルーに対応した店舗をオープンしたほか、店舗運営の戦力としてアルバイトの採用を始めた。60年2月には朝食メニューを導入し、出勤前のサラリーマンの腹を満たした。