【時刻表は読み物です】DD51最終章 国難救ったディーゼル機関車(1/2ページ) - 産経ニュース

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時刻表は読み物です

DD51最終章 国難救ったディーゼル機関車

「やまぐち号」のヘッドマークをつけて走行するDD51形ディーゼル機関車(JR西日本提供)
「やまぐち号」のヘッドマークをつけて走行するDD51形ディーゼル機関車(JR西日本提供)

国鉄時代から主に全国各地の非電化区間で客車、貨物列車の先頭に立ってきたディーゼル機関車(DL)の「DD51形」に引退の日が近づいている。JR貨物の定期運用は3月に終了。JR西日本では9月まで観光列車「DLやまぐち号」を牽引(けんいん)する予定だが、これが最後の雄姿になるのではと注目を集めている。

朱色の塗色で中央に運転台がある凸型の車体が特徴のDD51は、蒸気機関車の置き換えによる「無煙化」「近代化」を目的に昭和37年から53年までに約650両が製造された。活躍の場はほぼ全国で、ローカル列車、貨物列車から、「さくら」「出雲」など寝台特急を牽引。JR移行の際もJR四国以外に約260両が引き継がれ、北海道内では豪華寝台列車「トワイライトエクスプレス」「北斗星」も担当した。

DD51が引く普通客車列車。ホームに積まれた荷物が時代を感じさせる=昭和52年、大阪駅
DD51が引く普通客車列車。ホームに積まれた荷物が時代を感じさせる=昭和52年、大阪駅

「国鉄監修 交通公社の時刻表 1985年6月号」(日本交通公社=現JTBパブリッシング)の福知山線のページを開いてみよう。この時点で宝塚までが電化されているが、大阪駅では電車に交じってDD51が引く客車列車が見られた。列車番号が数字だけの列車(末尾にMがついているのが電車、Dは気動車)がそれ。1980年代中盤まで、手動ドアの古い客車とエンジンを響かせるDD51がたたずんでいた福知山線ホームは、ほかのホームとは別世界だった。

福知山線を走ったDD51が引く客車列車。大阪5時49分発は島根県の出雲市行きだった=交通公社の時刻表1985年6月号より
福知山線を走ったDD51が引く客車列車。大阪5時49分発は島根県の出雲市行きだった=交通公社の時刻表1985年6月号より

DD51は災害による電化区間の不通に伴う迂回(うかい)運転でも、非電化区間を走行できる機動力の高さを発揮し、物流の危機を救ったことでも知られている。

平成7年の阪神大震災で兵庫県内の東海道・山陽線が不通となった際は福知山線、播但線などに入線。23年の東日本大震災では、全国各地からかき集められ、ふだんは走行しない区間を通り、被災地への燃料輸送を担った。記憶に新しいところでは、30年の西日本豪雨で山陽線が長期不通となったため、山陰線回りの貨物列車運行に使われた。

長年、活躍したDD51だが、近年は後継機への置き換えや客車列車の減少などで勢力を減らし続けた。JR貨物では今年3月、愛知機関区に残っていた6両が定期運用から外れ、順次、廃車解体されるという。JR東日本、JR西日本には工事列車、臨時列車用に計10両が在籍するだけだ。